これぞ、真理。宇宙の叡智、隠されたる神秘。と感じるものを、しっかりと言葉によって表現している。という思考の夢を、時たま憶えている。
ところがいざ目を醒ましてしまえば、それがどのようなことであったのか、それを表現する言葉を見失ってしまうのである。
如何に夢の世界の思考が、複雑で人智を超すレベルの高いものであるかを知り、漠然とする。
宇宙の叡知を、神秘を、真理を此方の世界でも同じく簡単に言い表すことなど、不可能なのである。
いや寧ろ、簡単に言い表せるならば、絶望的につまらないはずだ。
しかし言い表すことが、できないでもない。
そう感じる詩を、読んだことはないだろうか。
そう感じる絵を、見たことはないだろうか。
そう感じる音楽を、聴いたことはないやろか。
そう感じる小説を、読んだことはないやろか。
夢の叡智の数少ない断片を広い集め、小説を書いて御覧。
神は、そんなことを俺に言う。神は求む。
神からしたら、俺はほんの幼な子で、神の乳をせがむ子羊のよう。
飢えて渇けば、メエメエ鳴いて荒野を望み、暴風吹き荒れるなか、進んで行くのか。
神の乳欲しさに、思考する。雨が降り頻るならば身を凍らせ、宿を探して見付けた適当な宿のなかに入った。
科学者が、無数の粒子で、真に利便性のある霧を発明す。
それはまるで、性欲に似ていたと、言うではないか。
科学者が、無数の粒子で、真に利便性のある性欲を、発明す。
それはまるで、霧に似ていたと、言うではないか。
それはまるで無形の利益のようであった。
科学者は、性欲を発明しようと研究してきたわけではない。人類は、かつてそれを知らなかった。
しかし一人の科学者が、人類にとって、真に喜ばしいものを作り上げることに成功した。
それは深い霧のような、人類を喜ばし、闇の底に明滅し、光る紐形の虫が、うねりながら球体を欲する。
それはあたかも、気味の悪い寄生虫が生命を喰い尽くす光景に見え、そのグロテスクさに、人類は、厭忌し、嫌悪す。
それは、深い霧に似ていて、此処は苦しいから、霧の外へ抜けたいと、願望し、切願す。
此処が苦しいのは、此処がまるでスラム街の一角にあるゴミと埃と黒黴に汚染された虫の大量に湧いた地震で傾いた冷蔵庫からは、水が漏れ、キッチンのパッキンも緩んだままで、どうしたら良いのか分からない混濁せずにはおれないカオスな次元であるからである。
男は今日も、そこで自らの最も深い苦しみと、打ち闘っていた。
毎日男は、この殺人の猛暑のなか家を建てる仕事に励み、汗だくの赤く日焼けした顔で帰ってきて、シャワーを浴びて身体の表面の汚れを洗い流す。
はあ、すっきりする。気持ちええなあ。気色のええことだなあ。ルンルンルン。ルンルンル。留が流れてゆくよ。ルンルンル。
男は辛い仕事も終え、今日も一日頑張ったことにルンルン気分で髪をタオルで拭きながらキッチンで水を飲んだ。
ふう。水がほんま美味い。その時である。男はその瞬間、虚ろな眼差しをキッチンの中空に投げる。
ぬらぬらと、無羅無羅と、どす黒い執着(しゅうじゃく)が人体の底から沸きだし、今日も男を襲ったからである。
男は途端、絶望的な感覚に襲われ、コップをシンクの上に置いて居間にあるパソコンをつけた。
畳の上の紫の座蒲団に座り、男はマウスを動かしてYouTubeの動画を再生した。
毎日、男はこれを観ている。
これを毎夜観なくては、耐えきれないからだ。
男の見詰める画面に、映像と共に、テロップが出る。
かつての麗しき美しい女優たちも、今は...このように、醜き老婆と成り果ててしまった...
映像には、かつての若かりし頃の女優の写真と、現在の年老いた写真がビフォーアフターとして横に並べられ、見比べることを視聴者に促している。
映っている女優からしたら、憤激噴飯ものの悪質で嫌味な動画である。
だが男は、毎日この動画を、観ずにはおれないのだった。
何故か。それは男が最も苦しく執着しているもの、それは若く美しき女の形状容姿であったからである。
例えそのような女が、自分を愛し求め側におったとしても、いずれは醜く老化して行く。
男は、どれほど美しき女も、年を取れば無価値なものに過ぎないと確信できた。
美しくないやんかいさ。そう想った瞬間、男はこれまで世話になり続けたその老いた女を、太平洋に沈めたくなるであろうと想った。
もう二度と、俺の目の前にその醜き姿で現れてくれるな。
男は胸に十字を切り、手を合わして祈った。
どの女も、残酷な老いというこの世の法則から逃れることはできまい。
男はこの現実を、画面を通して毎日見続けながら、涙をはらはら流すのだった。
そしてこの耐え難き愛着(あいじゃく)に、打ち勝つ為に男は、二十四歳で出家した。
教祖の元で精進の為、完全菜食、一切の自慰行為も含む性行為を禁じ、恋愛を一度もしなかった。
二十年あまりの月日を、男は教祖に帰依し続け、ストイックな修行に励んできた。
男を襲いかかる美しい女の形状容姿愛着は、地獄そのものであった為、この修行と教祖のあらゆる既存の宗教の教えをジューサーに放り込み、それにオリジナル・テイスト(Original Taste)の隠し調味料を垂らしてミックスしたような教義に、どれほど救われて来たであろうか。
もし、この宗教がなければ、男は毎日己れの性欲を貪り色霊にとり憑かれたる如くの精気を奪われ尽くした生きる屍、廃人と成り果て、最悪、性犯罪を犯して刑務所に無期懲役で監禁され続けた未来もあったのかも知れぬ。
男の破門されたあとも一心に信仰し続けるこの宗教が、先日に数々の凶悪な殺人を計画、弟子たちに殺人を命令した罪で死刑執行された教祖が、男を救い続けてきたことは確かであるだろう。
人間が生きるこの世界の深淵を、教祖と弟子の切っても切れないそのがんじがらめの縁から、垣間見ることができる。
子死江は、どうしてもこの男が知りたかった。
男は時に優しく、慈悲深く、子死江を和ませ、時に子死江を傷付け悲しませた。
子死江は、ただただ愛に飢えていた。無条件の愛に。母の愛と、父の愛を、この男に求めることが、どれだけ馬鹿げたことであるかを子死江はわかっていた。
絶対に、この男から与えられることはないであろう。
子死江の求むその無条件なる愛を、男は子死江に与えることはでき得ない。
天地がひっくり返りでもせんと、無理に決まっている。
それでも子死江は、まるで母羊の乳を貰おうと近付く子羊のようにこの男に近付きたくて堪らなくなった。
子死江は、三年半前、この男から、物凄く積極的に素直に色々と話し掛けられて、子死江ちゃんに逢って、抱き締めたい。と言われたことがあったことを想いだした。
当時も、男は修行者の身であった。子死江は、んな、阿呆な。と想ったが、男が言うには、自分はもう破門されて出家信者ではないけれども、毎日修行し続けているから、子死江ちゃんを抱き締めたりすることくらいで堕落したりはしない。勿論それ以上のことはできない。
駄目やろか。おれは子死江ちゃんを抱き締めたい。だから逢いにゆくよ。

目の前の席に、男は座って優しいけれども複雑な笑みを浮かべて子死江を見詰めていた。
男は少しはにかむように笑って子死江に言った。
「確かに三年半前、おれは子死江ちゃんにそんなことを言ったかもしれません。全く憶えていない。申し訳ございません。今はそんなことは到底考えられません。そんな、抱き締めるとか、そんな行為を求めてたら、おれは愛着の苦しみから一向に逃れることができないですから。おれは苦しみたくないのです。その為だけに、おれは苦しい修行に励んでこれました。たった独りで。おれは子死江ちゃんを助けてあげたい、苦しんでるなら、力になりたいのです。だからおれと一緒に、教学して行きましょうと言っています。恋愛の話をするなら、時間の無駄ですから、おれは帰ります。おれに恋愛を求めてはいけません。おれはそれを、子死江ちゃんに与えることはできませんからね。子死江ちゃんが逢いたいと言うのなら、おれは新幹線に乗って遥々遠くから殺人級の酷熱と言われているこの夏の間に逢いに行きます。でも逢って、抱き締めたりはできないことをわかってください。その日の宿は、そうですね。子死江ちゃんが、どうしてもおれの宿の宿泊料が勿体無いというのであれば、子死江ちゃんの部屋に泊めて貰おうかと...え?そんなこと想ってないですか?(笑)そうですか。其れでは仕方ありませんね。独りでそこらの適当な宿に泊まって、明くる日に帰ろうかと想います。くれぐれも、おれに抱き締めて欲しいとか、誘わないでくださいね。幾ら誘っても、おれは絶対に駄目ですからね。おれを落とすことはできませんよ。」
男は少し窶れた顔で、子死江に微笑んだ。
手には、『キリスト宣言』と題された本が、その痩せて建設業を続けてきた力強い赤いたこが捲れかけてるような硬そうな手にしっかと、掴まれていた。

この男は、キリストにどれだけ近いのだろうか。
キリストはみずから、最も苦しい最期へ向かって、突き進んだ人である。
窓がなく、明かりの入ってこないこの喫茶室。それでもなぜか、薄明るい。
どこから光が漏れてきているのだろうか?