漸く、わたしは時間を遡り、時間を止めることのできる能力を、覚えることに成功した。
そして、わたしは彼らを、助けに行くことにした。
一緒に来てくれないかと、わたしはツリに言った。
ツリ以外に、頼める人はいなかった。
彼は、三日間の間、沈黙した。
だが、四日目の朝に、彼はそれを承諾し、一日でわたしたちは準備をし、時間を止めたその当日のイラクの地に、降り立った。
わたしたちは時空を超え、彼らがショットガン処刑を受ける0,001秒前に、彼の前に降り立った。
イスラム国の黒い覆面を着けた男に、ショットガンの銃口を顔面に突き付けられている美しい若い青年が、跪かされて地を見つめ、手を後ろで拘束されている。
他にも同じ赤い服を着せられ、2人の男が並ばされて跪かされていた。
彼が顔面を激しく破壊されて銃殺処刑される0,001秒前、彼の額の前に擦れ擦れで、銃弾が中空で止まっている。
僕とツリは顔を見合わした。
僕らは、過去に来ている。
もう何年も前に、彼らは、人類史上、最も残虐な方法の一つで、殺されたのだ。
でも僕らは、こうして過去に戻って来れることができた。
僕は、その彼の美しい顔を見るに堪えないものにしたその銃弾を、指でつまんでポケットに入れた。
その銃弾は、摩擦で、燃える火箸のように熱かった。
ツリは僕の手を掴んで見た。
だが何も火傷しておらなかった。
時間が止まっている為に、本当の熱さではないからだろう。
僕は感覚だけを、感じた。
さあ、早いところ、連れて帰ろうよ。
僕は深い息を吐き出すように力なく言った。
ツリは僕に訊いた。
何処に連れて帰るんだ。
僕はツリの悲しい目を観て言った。
この国やこの国の近くにおらせとったら、また捕らえられて、処刑されてしまう可能性があるだろう。
だからやはり、僕らのいる時間、あの日本に連れて帰るのが良いと想うんだ。
彼処におれば、イスラム国が遣って来ることはないだろう。
ツリは、溜息を吐いて言った。
殺される運命に在る者は何処に行ってもいつか殺されるのではないか。
君も言っていたじゃないか。
これは人類の罪による”犠牲”なのだと。
では彼らが殺されなかった場合、その犠牲は一体誰が代わりに払うんだ。
僕は充血する見開いた眼でツリの眼を見つめて言った。
決まってるじゃないか。僕とツリだよ。
僕らが彼らの身代わりになる為に、今、僕とツリは此処にいるんじゃないか。
他の誰かを身代わりになんてできないからね。
何なら、ツリ一人だけで彼らを日本に連れ帰ってくれよ。
僕一人此処に残って、イスラム国の男たちに時間を戻したあとにこう言うんだ。
悪いが彼らを殺させるわけには行かない。
その代わり、僕を好きなようにレイプしたあとに殺せば良い。
僕はきっと彼らに良いようにされるだろう。
彼らは顔を見合わし、驚いて困惑しながらもニヤニヤして嗤っている。
この男たちは、自分がこれから何をするのか、全くわかっていないんだ。
僕はその場に跪いて手を後ろにし、処刑される姿勢で叫んだ。
神よ…!あなたの御心が、成就されんことを…!
ツリは話を聴いていなかった。
さっさと彼らの拘束具を外し、彼らを起き上がらせ、憂いのたっぷりと籠もった表情で僕を正面から見つめて突っ立っていた。
そして少し鼻で笑うと優しい顔で言った。
さあ、日本へ帰るか。時間が戻らない内に。
僕は、心底、ホッとした。
ツリは僕を起き上がらせ、捕らえられていた三人の男と共に日本に戻って来た。
彼ら三人は、日本語がわからないし、英語も知らない。
各々に、彼らは自分の国の言葉で僕とツリに向かって、あらゆる言葉を話した。
一体、此処は何処なんだ?
何故、僕たちは、此処にいるんだ?
あなたがたは、一体、誰なのだ。
何を僕たちに、するつもりなんだ。
僕たちは、さっきまでイスラム国に捕らえられて、ショットガン処刑を受けるところだったはずなのだが…
あなたがたは、僕たちを助けてくれたのか?
どうやって助けたんだ?
あなたがたは、超能力者たちなのか?
それとも、此処は、夢のなかなのか…?
此処は、ツリの部屋で、外は嵐が過ぎたあとでどんよりと曇っていた。
僕はツリの部屋にあった赤ワインのボトルと、グラス5つと、豆おかきを持ってきて彼らの座る前の床の上に置いて、赤ワインをすべてのグラスに注いだ。
そして彼らの手と、ツリの手にグラスを渡し、みずからもグラスを手に持って言った。
今日は、神に祝福された日だ。
神の血を、一緒に飲もう。
僕は、涙を流していた。
僕は、先に自分だけ赤ワインを飲んだ。
すると安心してか、彼らもそれを飲んだ。
最後にツリも、飲んで豆おかきを食べた。
僕らはみんなで、言葉も通じないのに、気づくと微笑み合って、ホッとした気持ちでお酒を共に飲んで、共に豆おかきを食べた。
この日、何かが始まったんだ。
この宇宙で、死が、何かを産み落としたんだ。

翌朝、雑魚寝している皆のなかで一人起きて、美しい僕の愛する彼が、僕を起こして、寂しそうな顔で言った。
「故郷へ帰りたい。一緒に、帰って欲しい。僕の家族が、君を祝福する。」
僕は涙を流し、彼を優しく抱き締めて言った。

でも、観て御覧よ…。
僕は部屋のカーテンを開け、彼に外を観せた。
この世界。
このツリの部屋以外に、何一つ、存在していないよ。
もうみんな、すべて、滅び去ったあとなんだ。
今日は、2025年10月10日。
君が殺されたあの日から、十年、経ったろうか…?