真夜中に目ェ醒めたんですわ。それで、あっ。と想たんです。
せや、京都の爪切ったらな。

で、起きて、京都ー、京都ー、っつって呼んであいつ探したんです。
そしたらそこにおって、「なに?」みたいな顔で俺のこと見上げてたんですよね。
なんや京都、そこにおったんかいな、ほなさっそくちゅて、京都、膝に載せて爪切っとったんですわ。
すると、こんな真夜中に、まさかの、電話が鳴りよった。
びっくぅ、しましてね、え?え?なに?なに?なに?なんでこんな時間に?って不安が極限に達した瞬間に、俺は受話器を取った。
「はい、町田です。」
すると向こうから、なんや吃驚したような声でこう聞こえた。
「あっ、町田さんですか!ぼく、京都の〇〇〇〇っていうライヴハウス、町田さんも来てくださったことのありますそこに努めてるスタッフの者なのですが…いやほんまに申し訳ないです、こんな時間に。実はぁ、あの、あっ、やっぱ、いいですわ、ははは、ほんますんません。ほな…」
ゆうて電話切ろうとしたんですよ、相手、それで慌てて俺は「いやいやいやいや、なんやねん、言いかけて、気色悪いなあんた。言いかけたことはちゃんと最後まで責任持って命懸けてゆうてくださいよ。気色悪いにも程があるからね。」ってゆうたんです。
すると彼奴、電話の向こうでへこへこ頭下げながらってまあ見えてるわけやなかったけろも、そんな感じでこないゆうたんですわ。
「ほんまにすんません。ほんまにすんません町田さん…。実はそのあの、さっき、ついさっき起きたことなんですけれども…」
俺はコードレス電話機を耳に当てて階段を下りながら一階のキッチンで茶ァ沸かしたろ想いながら言った。
「うん、それで?何が起きたん?」
相手はちょっとまァ置いた後に、ごくんと生唾飲み込んで答えた。
「はい、それがぁ…実は、さっきまで、町田さんの歌い声がこのライヴハウス内に響き渡っていたんですよ。それはほんま、その場所から聴こえて来たんです。観客の見つめるそのステージ上からです。それで、ぼくらはもうすぐにわかったんですよ。あっ、この声と歌い方は、町田町蔵やん!!!彼以外に、到底おらんということみんな知ってたんです。みんなすぐにそれに気づいた。それで観客たちと一緒に、”来てるんや!ここに町蔵、今来てるんや!”って叫んで騒いどったんです。みんなで感涙しながらそれを聴いていた。でも、ふと、気づくと、もうなんも聴こえなかったんです。それで、みんなでアンコール!って叫びながら町蔵の声を待って居た。でもいなかった。もう此処に町蔵いないんや。そう思て、泣いてたんです、ぼくら。それで、ほんまに、町蔵だったのならば、町蔵が知らんはずはないと、そう思たんです。それで、震える気持ちで、お電話致したという次第でござるのでございます。」
俺は、薄暗いキッチンに独り立って緑茶を煎じながら、それを聴いていた。
俺は、ぷるぷる、していた。気持ちと身体が、共鳴してぷるぷると小刻みに震えながら、「なんや、それ、なんや、それ、なんかそれって、凄いやんけ。」と我が脳髄の真ん中で叫んでいた。
で、ふと我に返り、俺は素朴な疑問を電話の向こうにいる相手に投げかけた。
「いやなんで観客たちがこんな時間におるのん?」
すると、その瞬間、“ガチャっ”っつって電話が切れた。
おいーおいーおいーなんなんだよ、なんなんだよ、気色悪いことこの上ない感じやなこれ、また掛かってくる?掛かってはこない?どっちやろう。とにかく掛かってくるのを待とう。
そう想て俺は茶ァを吞みながら、また二階へ行って、京都とじゃれ合いながら電話を待った。
しかし、うんともすんとも、雲とも臼とも、電話はその後、云わなかった。
俺は全身がぞわぞわするなかにも、同時に感動しているということに、寒気のなかにときめいていた。
それで気づけばぽそっと俺の口からこう漏れた。
「そんなことって、あるのね。あるのだわ。きっとそうよ。此の世ではそんなことがときにあるのだわ。起こり得るのよね。けつして、可笑しいことやないんやわ。」
それでおもろいのは、実際に京都というこの猫の爪を切っていた間に、それが京都のライヴハウスで起こったということだった。
これは関係があると考えても良いであろう。そう想わんかえ、なあ京都。俺はそう京都に向かって言った。
するとあれ?と俺は想いだした。そういや、俺、“京都”なんていう猫、知らんで、そんな名前の猫を俺は飼ったことがないぞ。一体、これは、どういうことなんだ。どーいうことなのだ。
俺は、京都を見た。見つめようとした。だが、そこに、京都はいなかった。
何がいたか?ただそこには、赤いカーペットが、あるばかりだった。
とどのつまり、京都という猫は、最初からいなかった。なのに俺は、何故か京都という名の猫を飼っていると信じており、その信念のもとに、彼の爪を切っていたのだ。つい先だってのことだ。
しかし、本来、俺はそんな猫は知らんのだ。では何処から京都という猫は遣ってきたのだ?
というか、この世界は、現実なのだろうか?何か知らないが、俺はこないな家に住んでいたことはあっただろうか?っていうか、俺はどんな家に住んでたっけ?
そうだ、想いだしたぞ。此処は、夢の世界なんだ。それは俺ではなく、俺以外のだれかが、何者かが見ている夢の世なんだ。
そしてその夢を今見ているのは、俺の何度か会ったことのある女だ。
そうだ、彼女だ。俺を「たったひとりの生涯の師匠」と崇める、あのいと風変わりな女。
彼女だ、彼女が、まったく可笑しな俺の夢を、今、見ていて、俺はもう目覚めてるというのに、彼女は目覚めようとはしないのだ。
ということは、俺はまだ、彼女の夢のなかに拘束される形で存在しなければならないのか?
いや、そんなことは可笑しいだろう。
というか、それ以前に俺は俺なのだろうか?彼女の夢のなかに今いる俺は本当の俺なのだろうか?
本当の俺とはなんだろうか?本当の俺とはたったひとりだけSONZAIsiteirunodarouka。
ってなんで急にローマ字になったのだろうか?やはり本当の俺やないからなのか?本当の俺やった場合、急にローマ字で語る俺になったりするのたろうか。
それで実のところ、これは彼女が夢と現の間に空想していた物語だったというわけなのだと、俺は今、想っている。
つまり微妙なその中間にある世界であって、何が起きるか、自由なのだ。
それは彼女の操る上での自由だと言えるか?
俺は自由なのだ。
何故そう言えるのかというと、彼女がそれを願っていることを俺はわかっているからなのだ。
此処は確かに彼女の夢(空想)の世界だが、俺は此の世界で真に自由な存在として存在している。
何故そう想えるのかというと、俺がそれを願っていることを彼女は知っているからなのだ。
だからもう、良いではないか。
それはつまり、俺だって彼女を操れるということなのだ。
俺は今、こうして彼女を操り、この物語を書かせているのだから。



















町田町蔵+北澤組 - パワートゥーザピープル