ゆざえのDiery'sぶろぐ

想像の森。 表現の駅。 幻想の家。

小説

師匠の夢

真夜中に目ェ醒めたんですわ。それで、あっ。と想たんです。
せや、京都の爪切ったらな。

で、起きて、京都ー、京都ー、っつって呼んであいつ探したんです。
そしたらそこにおって、「なに?」みたいな顔で俺のこと見上げてたんですよね。
なんや京都、そこにおったんかいな、ほなさっそくちゅて、京都、膝に載せて爪切っとったんですわ。
すると、こんな真夜中に、まさかの、電話が鳴りよった。
びっくぅ、しましてね、え?え?なに?なに?なに?なんでこんな時間に?って不安が極限に達した瞬間に、俺は受話器を取った。
「はい、町田です。」
すると向こうから、なんや吃驚したような声でこう聞こえた。
「あっ、町田さんですか!ぼく、京都の〇〇〇〇っていうライヴハウス、町田さんも来てくださったことのありますそこに努めてるスタッフの者なのですが…いやほんまに申し訳ないです、こんな時間に。実はぁ、あの、あっ、やっぱ、いいですわ、ははは、ほんますんません。ほな…」
ゆうて電話切ろうとしたんですよ、相手、それで慌てて俺は「いやいやいやいや、なんやねん、言いかけて、気色悪いなあんた。言いかけたことはちゃんと最後まで責任持って命懸けてゆうてくださいよ。気色悪いにも程があるからね。」ってゆうたんです。
すると彼奴、電話の向こうでへこへこ頭下げながらってまあ見えてるわけやなかったけろも、そんな感じでこないゆうたんですわ。
「ほんまにすんません。ほんまにすんません町田さん…。実はそのあの、さっき、ついさっき起きたことなんですけれども…」
俺はコードレス電話機を耳に当てて階段を下りながら一階のキッチンで茶ァ沸かしたろ想いながら言った。
「うん、それで?何が起きたん?」
相手はちょっとまァ置いた後に、ごくんと生唾飲み込んで答えた。
「はい、それがぁ…実は、さっきまで、町田さんの歌い声がこのライヴハウス内に響き渡っていたんですよ。それはほんま、その場所から聴こえて来たんです。観客の見つめるそのステージ上からです。それで、ぼくらはもうすぐにわかったんですよ。あっ、この声と歌い方は、町田町蔵やん!!!彼以外に、到底おらんということみんな知ってたんです。みんなすぐにそれに気づいた。それで観客たちと一緒に、”来てるんや!ここに町蔵、今来てるんや!”って叫んで騒いどったんです。みんなで感涙しながらそれを聴いていた。でも、ふと、気づくと、もうなんも聴こえなかったんです。それで、みんなでアンコール!って叫びながら町蔵の声を待って居た。でもいなかった。もう此処に町蔵いないんや。そう思て、泣いてたんです、ぼくら。それで、ほんまに、町蔵だったのならば、町蔵が知らんはずはないと、そう思たんです。それで、震える気持ちで、お電話致したという次第でござるのでございます。」
俺は、薄暗いキッチンに独り立って緑茶を煎じながら、それを聴いていた。
俺は、ぷるぷる、していた。気持ちと身体が、共鳴してぷるぷると小刻みに震えながら、「なんや、それ、なんや、それ、なんかそれって、凄いやんけ。」と我が脳髄の真ん中で叫んでいた。
で、ふと我に返り、俺は素朴な疑問を電話の向こうにいる相手に投げかけた。
「いやなんで観客たちがこんな時間におるのん?」
すると、その瞬間、“ガチャっ”っつって電話が切れた。
おいーおいーおいーなんなんだよ、なんなんだよ、気色悪いことこの上ない感じやなこれ、また掛かってくる?掛かってはこない?どっちやろう。とにかく掛かってくるのを待とう。
そう想て俺は茶ァを吞みながら、また二階へ行って、京都とじゃれ合いながら電話を待った。
しかし、うんともすんとも、雲とも臼とも、電話はその後、云わなかった。
俺は全身がぞわぞわするなかにも、同時に感動しているということに、寒気のなかにときめいていた。
それで気づけばぽそっと俺の口からこう漏れた。
「そんなことって、あるのね。あるのだわ。きっとそうよ。此の世ではそんなことがときにあるのだわ。起こり得るのよね。けつして、可笑しいことやないんやわ。」
それでおもろいのは、実際に京都というこの猫の爪を切っていた間に、それが京都のライヴハウスで起こったということだった。
これは関係があると考えても良いであろう。そう想わんかえ、なあ京都。俺はそう京都に向かって言った。
するとあれ?と俺は想いだした。そういや、俺、“京都”なんていう猫、知らんで、そんな名前の猫を俺は飼ったことがないぞ。一体、これは、どういうことなんだ。どーいうことなのだ。
俺は、京都を見た。見つめようとした。だが、そこに、京都はいなかった。
何がいたか?ただそこには、赤いカーペットが、あるばかりだった。
とどのつまり、京都という猫は、最初からいなかった。なのに俺は、何故か京都という名の猫を飼っていると信じており、その信念のもとに、彼の爪を切っていたのだ。つい先だってのことだ。
しかし、本来、俺はそんな猫は知らんのだ。では何処から京都という猫は遣ってきたのだ?
というか、この世界は、現実なのだろうか?何か知らないが、俺はこないな家に住んでいたことはあっただろうか?っていうか、俺はどんな家に住んでたっけ?
そうだ、想いだしたぞ。此処は、夢の世界なんだ。それは俺ではなく、俺以外のだれかが、何者かが見ている夢の世なんだ。
そしてその夢を今見ているのは、俺の何度か会ったことのある女だ。
そうだ、彼女だ。俺を「たったひとりの生涯の師匠」と崇める、あのいと風変わりな女。
彼女だ、彼女が、まったく可笑しな俺の夢を、今、見ていて、俺はもう目覚めてるというのに、彼女は目覚めようとはしないのだ。
ということは、俺はまだ、彼女の夢のなかに拘束される形で存在しなければならないのか?
いや、そんなことは可笑しいだろう。
というか、それ以前に俺は俺なのだろうか?彼女の夢のなかに今いる俺は本当の俺なのだろうか?
本当の俺とはなんだろうか?本当の俺とはたったひとりだけSONZAIsiteirunodarouka。
ってなんで急にローマ字になったのだろうか?やはり本当の俺やないからなのか?本当の俺やった場合、急にローマ字で語る俺になったりするのたろうか。
それで実のところ、これは彼女が夢と現の間に空想していた物語だったというわけなのだと、俺は今、想っている。
つまり微妙なその中間にある世界であって、何が起きるか、自由なのだ。
それは彼女の操る上での自由だと言えるか?
俺は自由なのだ。
何故そう言えるのかというと、彼女がそれを願っていることを俺はわかっているからなのだ。
此処は確かに彼女の夢(空想)の世界だが、俺は此の世界で真に自由な存在として存在している。
何故そう想えるのかというと、俺がそれを願っていることを彼女は知っているからなのだ。
だからもう、良いではないか。
それはつまり、俺だって彼女を操れるということなのだ。
俺は今、こうして彼女を操り、この物語を書かせているのだから。



















町田町蔵+北澤組 - パワートゥーザピープル


























夜間日照 —Nocturnal luminous intensity—

彼は初めて彼女を見て、想った。
こいつは悪霊に愛されちまってるんだな。いや、それは死霊、いや、“死神”と呼ぶに相応しいもんだが、それをこいつは自分を最も愛して、自分の最も愛する母親のように愛されていることを確信して自分もそれを愛してるんだな。
男は密売のウイスキーを買う為に並んでいる男たちに売るのを今夜は中断し、女のあとをこっそりと着けた。
夜が重なり合ったところにできる影は夜ほどには暗くなく、その境界線で隔てられた小さな天井の空間に草の先から滴る水が自分の居場所を我先につかまえようとして楽し気にその身体を滑り込ませようとしている森のなかを、月光の明りだけを頼りに男は心地良い酔いに宥められながら闇に溶け込む者として存在している女の後姿を追った。
女は、男が自分のあとを着けていることに気づいていたが決して振り返りはしなかった。
彼女は、自分の小屋について、そしてそこで男を気前良く迎え入れ、男の求める“何か”と引き換えに、葡萄酒を自分に売ってくれないかと、交渉しようと考えていたのだ。
女はウイスキーはあまり良い気分で酔えたことがなく、どうしても葡萄酒でなければならなかったからだった。
男はまさか、女がそんな内情を持って自分を切実に求めていることなど想像することもできなかった。
彼はただ、彼女を犯して“自分”こそが、そうなのだと示してやりたかったのだ。
そしてそれでもわからない愚かな女だったら殴りつけて言い聴かせつづけてやろうと考えた。
何故ならおまえは、俺から生まれたも同然なんだ。俺があの場所で酒を密売していておまえがそれを求めて買いに来た。おまえはまったく存在するどんな亡霊よりも亡霊として生きてきて、それを喜びとして生きていることを隠さないでいるその顔、その両の真ん円な黒い目で俺を見つめ、俺に請うて、そして女の最も哀れな部分を濡らしていることを俺に噎せ返るようなおまえから発せられる何かによって訴えて来たんだからな。
彼女は彼が自分に求めているものを必ず与えられることを信じていたので男を決して振り返らなかった。
それは早い段階で男を満足させられるに違いないと想った。
あたかもそれは同じ季節のなかでさえ決して同じ方法と同じ音で音を奏でることができない微妙で複雑な虫たちの音の違いを聴き分けているかのように、女は確信に満ちていたのだった。
男は女の肉体があたたかくもあり、なまぬるい赤みがかった白く緩い粘土と化す瞬間を想像して欲情し、歩きながら煙草に火を点けた。
“本当の処”で女が何物であるかを、俺は証明できるんだからな。
彼が四歳の時に、母親が死んで、それから何年後かに彼は森で捕まえた一匹の小さな動物を殺したあとにそれを火で焼いて葬った。
その強烈な臭いを嗅ぎながら彼は想った。
女(母)が夜を拒んでるみたいだな。
何故か彼にもわからなかったが、女(母)が夜を受け容れていたならば、こんな臭いが焼いた死体のその脂肪や肉から発せられるとは想えなかったのだ。
何かが残されていたならば彼はそこから何かを感じたのだろうが、彼の知る限りは、そこに何かが残されているものとして何かがあることを知ることができなかった。
そしてすべての女(母)が自分のなかで喪失しつづけていることの事実を、彼は受け容れることなんてできなかった。
彼のなかで、夜はときに陽だまりのような斑模様をつくりだしてそれがずっと揺れ動きつづけながら自分に向かって何かの言葉を発しようとしているように感じた。
今もそれを感じかけていたが、彼女に対する激しい焦燥感はそれを邪魔してその代わり熱く黒い血の流れが、淫らな波の形状となって彼の膝の裏に巻いていたとぐろを伸ばして太腿の裏を這って来ているのを感じている。
女は彼が早く自分のなかに来て、痛みと呼ぶことすら恥ずかしい永久につづく鈍痛を残したあとに排泄物が喜びのうちに爽やかに下流へと流れて見えなくなるように立ち去ることを待っていた。
そしてその人間が絶対的に拭い去れない罪の甘美な褒美として、美しく透明な赤い液体が彼女の喉を焦らしながら焦がしてゆく瞬間を、うっとりしながら想った。
それは穢らわしくも、自分の生殖器の破れた器から注がれた何の関心も持てないもの、まったく何に於いても完全に無価値なものと同等のものであることを知りながら。
彼女が、最も求めているものとは、自分に観える最低限の遅い速度で、自分自身が観えなくなってゆくことだったのである。
彼女もまた、彼と同じく母親の記憶の一切を持っていなかった。
男は女が自分を待っていて、女も男が自分を待っていることを本質として知っていた。
自分が受け容れることのできる限界をとうに超えてしまっているものをしか、求めてなどいないのだと、互いに知らしめる必要もないのだと互いに隠し持つ仄かな淡い光をだれにたいしても隠されつづけてきた場所でまるで生命が何も意識することなく動きつづける鼓動のように、それは光ったり、光るのをやめたりしているかのようだった。
男はぎらぎらと照り付けてくる闇のなかにじっと自分に殺されるのを待っているかのようにしてそこにいたちいさな動物がどんなものに対しても自分は無敵であると信じながらそのちいさな牙を自分自身に対してだけ剥いて震えているのを知っていて、それもまた、こんな眩しい夜の存在を到底信じてもいないのだと想った。
それはこれ以上はもう研げないと想えるほど研いだ鎌(Sword)で草を刈ったあとにできたその草の切断面の鋭利さこそが危険で恐ろしいものであると信じることと同じだった。
男も女も、ただそれを受け容れ、許容し、信じたいなどということにまったく関心を持ってはいなかった。
“すべてが実は自分だけのものなのだ”と完全に覚りのなかに確信できることほど、馬鹿げたことなどないのだ。
男はこのわずか数十分後に、確かに凌辱せしめた女を見下ろしながらたっぷりと注がれた憐みと涙ぐんだ非常に人間深い情熱の眼差しでこう言うことを知っている。
「あのとき…洗礼者ヨハネは、救世主イエスを洗礼の水のなかで溺れさせてしまう選択だってできたんだ。何もない処から何もないものを取り出して、何もないおれたちに与えることだってできたんだぜ。まあおれたちが此処にいるのはおれたちがそれを選択したからなのだがな。」
そして“男のなか”で、女は涙を流し、恍惚さと口惜しさの入り交じった表情で男を見上げ、こう応える。
「わたし、すべてがなにもないということを知っているからこそすべてはすばらしいものとして存在しているような気持になれると想うの。」
男は、女に向かって微笑む。
その微笑みの理由を、この女だけが知っているのだと、男は想う。
女は、低く震え、子宮から発していると感じるほどに男にとって心地良い響きの声で自分の血が付いた白いレースのスカートの端を見つめながら言う。
「それで、どうかわたしに葡萄酒を売ってほしいの。」























Wraetlic - Dybbuk
































"The tragedy of mankind (our) that we haven't seen yet"

街角の暗闇は、彼と彼女を非存在と存在に分けようとは想っていなかっただろう。
薄い闇と薄い光が彼らの影を退屈そうに撫でるときでさえ、初夏の肌寒い夜気が彼らを哀しいばかりの過去から切り離そうとしているかのようだった。
彼は夜露に濡れそぼった墓碑のようにそこにじっと俯いて突っ立っていたが、やがて現れた彼女の匂いを嗅いで現実からまどろみの夢に目覚めるように目を開けた。
彼女は、酷く疲れている様子を隠すことなく、罅割れ、枯れた薔薇のような色の唇をうっすらと開いてかすれて震えた声を発した。
「いつから、此処で待ってたの?」
彼女は見上げ、彼の喉を見つめていた。青白い皮膚に透けて、そこにまるで小さな彼が胎児の様子で眠っているのを感じた。
彼は確かにあの夜、彼女に自分が告げたことを今初めて想いだしたかのように想いだした。
彼は激しく心のなかだけで狼狽え、恥辱のなかに言葉を喪ってただただ彼女に静かにその存在をみまもられていた。
彼女は、彼の元気に躍動する喉元を見つめたままつづけて言った。
「ごめんなさい。すこし遅れてしまったわね。ほんとうはもっと早く来ようと想ってたの。でも店の後片付けを任されてしまって、遅くなってしまったの。」
彼は彼女の口から発せられる闇の細い空洞に突き刺された白く光るちいさなアマナの花と茎のような可憐な破壊的音色がこのあともずっとつづけられるだろうと想い目を瞑ったまま耳をじっと澄ましていた。
だが、それ以上、何も聴こえてはこなかった。
彼はそっと目を開け、視線を落として右の黒い叢を見つめながら言った。
「多分…一時間とちょっと前くらいかな。」
彼女はほんのちいさく、まるで雀がげっぷするみたいな声で溜め息を吐いた。
そしてほんとうにさり気なく、生温く湿った風が纏わりつくように彼の左手に右手を絡ませて囁いた。
「…ねえ、ここはとっても暗くて、何かを…まるで待っているみたいだわ。ほかの、もう少しあかるい場所へ行きましょうよ。」
彼は圧倒され、なにひとつ自身を動かすことができなかった。
そのあいだ、彼の脳内では様々な色の輝きが点滅のあとに爆発し、歓喜の雄叫びを挙げながら全細胞たちが狂って幼稚で野蛮なダンスパーティーを始めていたが彼はそこへ参加することができなかった。
何故なら、この瞬間、彼は経験したことのない言い知れぬ悲しみに打ちひしがれていて涙を流していたからだった。
彼女は混乱のなか、硬直し項垂れている彼の手を引っ張ってすこし歩き、ちいさな街灯の下まで行ってそこで彼を見上げてぎょっとした。
背筋がぞっとするほどの不気味さで彼が彼女を見つめて薄笑いしていたからだった。
しかも彼の両の頬は濡れており、さっきまでひっそりと泣いていたことがわかったのだ。
彼女は、何を言ってやればいいのかわからず、何かを言う代わりに(それは大変、面倒であった為に)そっと彼を抱き締めた。
ちょうど彼の臍の上あたりに、背を丸めた彼女のちいさな頭が押さえつけられ、彼女もまた、よくわからない不安のなかに震えていた。
それで、そのまま何分が過ぎようとも彼はその状態のまま何も変わらなかったので彼女は痺れを切らしてとうとう顔を彼のあたたかい腹から引き剥がして、すこし痰の詰まった声で吐き捨てるように言った。
「ねえ、ここからすこし歩いたところにわたしの部屋があるの。そこへ行って、お酒でも飲みましょうよ。音楽でも聴きながら…。ここは暗くて、すこし肌寒いわ。」
彼は、いまだ打ちひしがれており、なにをどうするべきかわからなかった。
何故なら、すべてが彼のなかで初めての経験であり、彼はどうすれば彼女を喜ばせられるか、それは根源的な意味のなかで女性に対する正しい、まったく神に背きはしない行為として、どうすれば彼女の意に適うものとして自分の行動が許されたものとして、それを移すことができるのか、今、彼のなかで混沌としたその何本もの発情した雄と雌の蛇の群れが彼の全身を巻きつけて締めつけ、立っていることでさえ限界に来ていたからだった。
彼女は、酸いも甘いも噛んで味わって知り分けてきた40歳を超えた女であり、彼はまだ未経験の18歳の男だった。
人間の想像し得るすべてのあらゆる悲劇が、彼と彼女を襲うことは起きなかった。
だが彼と彼女は、いつでもそれについて話した。
即ち、“まだ見ぬ人類(わたしたちの)の悲劇”について、彼と彼女はいつも楽しそうに話していた。
それは彼女の胎内で眠るときの彼が、ひっそりと今のわたしに教えてくれたことである。



























Ephemeral

一人の負傷した兵士が故郷へ帰るために身支度をしながら、ふと、姿見に映った自分の姿を眺めた。
左腕は肘の部分で、左脚は根元の部分から切断した。
爆弾の破片が左眼を抉って、その焼け爛れた眼球が自分の頬に垂れ下がっていた感覚を今でも憶えている。
「売れない小説家の男が、戦争に参加することを志願したのは…」
彼は鏡に向かってそう言い掛けたが、松葉杖を銃に見立てて自分の鏡の額を打つ真似をすると荷物をまとめる作業に戻った。
鎮痛剤を飲みすぎてか、酷く気分が悪かった。
男は手を止めて外へ出ると宿舎の庭の花壇の側にあるベンチに向かって歩いた。
初夏のまだ冷たい風が男の喪われた場所を何度も通り過ぎる。
男は聖句を想いだす。




主は、「そこを出て、山の中で主の前に立ちなさい」と言われた。
見よ、そのとき主が通り過ぎて行かれた。
主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。
しかし、風の中に主はおられなかった。
風の後に地震が起こった。
しかし、地震の中にも主はおられなかった。
地震の後に火が起こった。
しかし、火の中にも主はおられなかった。
火の後に、静かにささやく声が聞こえた。
それを聞くと、エリヤは外套で顔を覆い、出て来て、洞穴の入り口に立った。
そのとき、声はエリヤにこう告げた。
「エリヤよ、ここで何をしているのか。」

旧約聖書 列王記上 19章11~13節




左脇に挟んだ松葉杖で約20メートル先にあるベンチまで歩くことがあまりにも億劫だった。
故郷へ戻ったなら、もう一生、外へは出ないことにしよう。男は歩きながらそう想うと風が傷口に当たるのを防ぐために外套で顔を覆い、ベンチの前に立った。
一人の女が、そのすぐ奥にしゃがんで花壇に花を植えていた。山吹色のちいさな花だった。
男は深く溜息を吐いてベンチに勢いよく座った。
女と目が合った。その女は、自分以上に疲弊しきってるかのように観えた。
男はぼんやりしながら、すぐに視線を外した女を見つめて胸ポケットから煙草とライターを取り出して火を点けた。
男は低く、咳をしてから女に言った。
「俺は今夜中に荷物をまとめて、此処を発たなくちゃならない。しかしどうにも、しんどくてね。なかなか気が進まないのだよ。大切な本がたくさんあるのだが、それを全部持って行くかどうか、それすらも決断できない。だれか手伝ってくれる人がいれば良いのだがね…。もちろん、礼は弾むよ。俺は金だけには不自由していない…。」
女は憐れむ顔で男を見上げた。男は、自分を憐れむ女の顔を見て欲情した。
煙草の先を見つめてまた深く嘆息すると男は言った。
「俺は帰りたくはないのだがね。」
女は黙っていた。
「手伝ってほしいのだよ…。俺ひとりで運ぶのは大変なんだ。」
男は着ている外套を半分脱いで自分の無い部分を女に見せた。
「見ての通り、俺は左腕と左脚と、左眼がない。ゲヘナに投げ込んでやったのさ。二度と、もう戻らない場所に…。」
男は背を丸めて口に手を当てて咳き込むと言った。
「医者は何も言わないが、内臓もかなりやられちまってるようだ。俺はもう永くはないね。自業自得というものさ。人を殺すために志願したのだからね。俺は戦争というものに初めて参加して、初めて人を殺してわかったよ。嗚呼、みんな魂の次元で絶望してるんだとね。どうにもならない虚無に支配されてる。何が”御國の為”なのかね…。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。そう思わないかね。」
女は目を伏せて、何も言わなかった。
男はゆっくりと低い声で自嘲をつづけた。
「滑稽だろう。俺みたいな男は何より。こんな不具者になっちまってもまだ、女を抱きたいなんて欲情している…。さっき、俺を心底憐れむ君の顔を、その目を見て、嗚呼、君とセックスがしたいと、俺は想ってしまった。会ったばかりだというのにね…。どうか許してくれ。俺は憐れまれるのに相応しい惨めでならないふざけた野郎だ。みんなは憐れむ目の下で俺を嘲笑ってるのを知っているよ。でも君の目は…ひたすら俺を憐れんでいる目だった。そんな目は初めてだった。本当さ…。俺は君に恋をしてしまったようだ。できるならば、俺は君を連れて帰りたいよ。俺はいつでも君から憐れまれていたいんだよ。俺に何が在るというのだろう…。俺はひとりで故郷へ帰りたくない。俺はまるで…自壊寸前の倉だ。倉は穀物を貯め込んで保存しておく為のものだろう。だが面積以上に貯め込まれた場合、倉はやがて自壊せずにはいられない。何故、”自壊”かというと、それは穀物が倉の中で勝手に増殖したからなのさ。そしてそれを外部の者には観えないようにしていた。それはその増殖したものを倉が自分だけのものにしておきたかったからだ。俺は君を俺だけのものにしたい。君は俺という倉のなかで増殖した穀物だ。俺にしか観えない場所で、君は可愛い芽を出すんだ。そしてたくさんの素晴らしい実を実らせる。君を決して、だれひとりにも食べさせはしない。君を永遠に俺は保存していたいんだ。君という存在を隠す為に、俺は倉というIdentityが必要だったのさ。あらゆる経験、あらゆる記憶が俺には必要だった。倉は腐ったものをいつまでも置いておくわけにはいかない。それは燃やして灰にしたほうが良い。俺の左眼、左腕、左脚は、俺を構成する為の必要な性質と条件ではなかった。……。『狐と葡萄』という童話を知っているかい。ある夏の暑い日、一匹の飢えた狐が果樹園を散歩していた。すると、とても高い木の枝から、美しい熟した葡萄の房が蔓によって吊るされているのを見た。葡萄は今にも甘い果汁を溢れさせんとしているのを見て、彼はそれを切望し、唾液が止めどなく溢れてくる。そして彼は想った。『ただ喉の渇きを癒すだけさ…。』そして猛烈な最大の力で蔓に飛びかかった。葡萄の樹はそのとき、自分の子どもたちを彼に引き渡すつもりだった。しかしそれができなかった。彼は何度も挑戦したのだが、葡萄に到達できなかった。その樹は空近くまで伸びていたんだ。とうとう彼は諦め、座り込んで悲憤と厭悪と軽蔑のなかに葡萄を見上げて吐き捨てるように言った。『あれは実に壊れ物であり、壊血病だったんだ…。俺のものとして相応しくはなかった。』狐はどうしてもあの葡萄が食べたかったんだ。だがそれは叶わなかった。だからそう思い込もうとした。そうすることで自分の苦しみと向き合うことから逃げようとした。この話は認知的不協和の例として、また自分を正当化し、防衛する合理化の例として、つまり情けない負け惜しみを言う奴の例としてよく例えられてきたが、実はこの話にはまだつづきがある。狐はその後、こう想ったんだ。あの美しい葡萄は最初から、ただただ俺を苦しめるためだけに彼処に存在していたんだ。そしてあの葡萄は苦しみ続ける俺を上から見下ろして観察しながら、恍惚とした快楽を感じていた。それで彼はうっとりとなって、葡萄が感じているだろう快楽を想像して、気づくと狐は絶頂に達して射精している。狐は終(つい)に覚るんだ。これぞ、神の真の祝福だと…。」
男は我に返るとはっとして、彼女を振り返った。
女はまるで少女のように頬を紅潮させて男を潤んだ眼で見つめている。
そしてゆっくりと立ち上がると、女は男の凹んだ眼球のない穴に自分の舌を挿れて愛撫した。
男は女に優しく口吻(くちづけ)し、一粒の滴を左眼の穴から流して言った。
「ただ喉の渇きを癒すために、俺はこの地上に降り立ったのだがね…。君が此処にいるなんて、想わなかったよ。ママ…。」






















Arovane - Ephemen 





























Dead Bird ー全ての死と悪の母体ー

※『性風俗産業の市場規模は推計2.3兆~3.6兆円ほど、化粧品(2.5兆円)や酒類(3.6兆円)市場と同程度で、2015~2017年の推計では性風俗の店舗数は全国に1万1500~1万3000店で、これは大手コンビニ「ローソン」と同じくらいの規模である。』










殺したい人の数だけ死んでゆく。
この世界では,僕が殺したい人の数だけ死んでゆく。




Raw飱というコンビニエンスストアで新商品が売り出される。
商品名は"dead bird"
人間という生物の雌は何よりも美味しいという謳い文句と共に大量生産され始めたのは,紀元前5世紀以前からで、誰も憶えていない。
俺は良い商品を想い着いたなぁ。
君は可愛い。君はきっと売れる。君のクローンたちが毎日大量に俺のコンビニエンスストアに運ばれて来るのは,君の創造者は俺だからだよ。知ってた?アハハ。君は利口だ。それくらい分かるだろう。君はただ胸をはだけて股を開いて黙ってたら良いんだ。君はdead birdという商品だ。何も考えなくて良い。君を買う者は君にこう言う。さあ、君を存分に味わわせてくれ。税込550円も君を買う為に僕は支払ったんだ。僕の脳内に快楽物質が垂れ流し続けるほどの快楽を味わわせてくれ。返品されたいのか?されたくないならば上半身を裸にして、乳首をいやらしく触れ。なんだその無表情は?お前はdead birdという商品名だからって、そう死んだ鳥らしくする必要はないさ。嗚呼,そうだ!喘げ!叫べ!絶頂に達する断末魔を俺に聴かせろ!俺のこの肉なる剣でお前の肛門から口腔まで串刺しにしてやる。嗚呼、君は素晴らしい商品だ。君を作ったのは俺だ。これでまた一儲けできる。君が飽きられるまで,君は売れ続けるだろう。君は美しい。君は二度と、大空を羽ばたく日は来ない。君は忘れられる。消費者たちが君を味わい尽くした後、誰もが,君を忘れる。何も恐れなくて良い。君は人間の雌という生物だが,死んでるも同然だ。君たちが妊娠したら,胎児は取り除かれ,その死体は、国立遺伝学研究所へ運ばれ,腎細胞は人間の人口数のバランスを取る為の殺人兵器として活用される。人間はそれらを人工添加物やワクチンなどで体内に摂取し,免疫力を失って早くに死ぬ。君はその殺人兵器の母、人間の死の母体。できれば永久的に存在させたいが、人間という愚かな生き物は飽きやすい。人肉が飽きたら豚肉、豚肉が飽きたら牛肉,牛肉が飽きたら鶏肉、鹿,馬,羊,七面鳥,カンガルー,犬,猫,山羊。彼らは本当に野蛮で,見境がない。俺たちはその点,人間しか食べない。人間しか美味しくないのでね。君たちも性のすべてを搾取されたのちに生きたまま解体され,殺されて食べられる。人間が行い続けていることだ。君たちはそのカルマを精算しなくてはならない。君たちは犠牲者であり、神の生贄だが、同時に大罪を犯し続けてきた罪人、最も悪なる生命の拷問地獄をどの存在よりも最初に強制させた者。君は憶えている。君は,全ての悪の母。
その時,コンビニエンスストアの自動ドアが開き,一人の若い男が入って来てレジカウンターの前に立ってすかさずジャケットの内側から拳銃を取り出し店員の男の額に銃口を突き付けて言う。
「彼女を渡せ。」
店員はニヤニヤした顔で応える。
「お客様,大変申し訳ございませんがこちらはダミー(サンプル)で生きておりません。ええ、人形と変わりありません。お客様の性的欲望を満足させることはできないでしょう。奥の部屋に,生きている本物の商品がありますから、少々お待ち下さい。それをわたくしが今すぐに御用意致しますから。」
若い男はレジカウンターの横に置いてある椅子に静かに座っているdead birdの頬に震える左手を,伸ばし,それに触れる。
そして低く,途切れ途切れに言う。
「これの…何処が…生きていないんだ。」
店員はアンドロイドのように機械的な口調で応える。
「冷たい鶏の死体を揚げたあとのチキンナゲットは温かいですが、それは生きていません。それと同じですよお客様。」
若い男はdead birdに向かって言う。
「君はそれで良いのか…?良いはずなんてないだろう…。」
店員はdead birdに向かって言う。
「さあお客様に見本をお見せなさい。」
するとdead birdは着ている白いワンピースの胸のボタンをすべて外し、開こうとした瞬間,若い男は店員の額を撃ち抜く。
肉片がdead birdの腹に飛び散って落ちる。
若い男はdead birdの右手を引っ張り、レジカウンターの上に乗せようとする。
店員の肉片は早くも崩壊して自己融解し、dead birdの臍の穴から入り,子宮の奥へと侵食し、全ての筋繊維と心臓と脳へと達しようとしている。
店員はすべての霊魂を破壊して永久消滅させるパラサイトのオーバーソウルだったからである。
若い男はレジカウンターを飛び越えdead birdを抱き上げると走って店の外に出る。
目の前の紫のネオンライトが反射するコールタールの道路にタクシーが停まる。
若い男はdead birdを抱えて乗り込む。
タクシーの運転手の小柄な男は振り返らずに言う。
「このタクシーはより良い地獄か、より悪い地獄にしか止まりませんが,良いですか。」
若い男は即答する。
「Sure.」
道の先は二股に分かれている。
若い男は抱いているdead birdの身体がどんどん小さくなって少女化していることに気づく。
早く…早く決めなくては…右か左…。彼女(dead bird)の子宮か…拷問処刑場…。
若い男が迷っているとdead birdの肛門から出てきた白い蛇状の虹色に光る太いハリガネムシのような寄生虫が彼女の口腔へと全身をくねらせながら入り込んでゆく。
彼女の虹彩が虹色にスパークする。
どうやら今,彼女の体内でそれはウロボロス状に繋がって一つの輪となったようだ。
若い男は全身から脂汗を垂らし,まだ迷っている。
苦痛からなのか、快楽からなのか,dead birdは全身を激しく痙攣させ、右手の人差し指で右の道を指し示す。
若い男はdead birdを強く抱き締め、タクシーの運転手に告げる。
「右だ。右に行ってくれ。」
タクシーは静かに発車すると夜の暗闇のなかを走り続ける。
若い男はdead birdの口腔と肛門を外界と内界で繋ぐ虹色に光る白蛇のような寄生虫の硬いクチクラの表皮を優しく撫で、囁くように語り掛ける。
「もうすぐお前は終る。すべての悪。すべての悪の母。すべての死と悪。お前を僕が,終らせる。必ず。」
若い男は,気付けば眠っている。
タクシーの運転手の声で目が醒める。
「お客様、真に残念なことですが,お客様が選んだ道は確かにより悪い地獄へと続く道です。しかし、一つだけ,逃れる方法がありますよ。」
若い男はdead birdの姿を見ると彼女はちょうど9歳頃の姿となっている。
寄生虫は彼女の体内に隠れているようだ。
「それは…それはどんな方法だ。教えてくれ…。」
若い男は両手で顔を覆い,涙を流しながら言うと、タクシーの運転手は気味の悪い顔で振り向き、酷い腐敗臭の息を吐きながら言う。
「その愛らしい少女を,わたしに差し出しなさい。そうすればあなたは、必ずより悪い地獄を逃れ,より良い地獄へと向かい,確かに彼女の子宮に辿り着く。」
「死の鳥(dead bird)を、渡すわけには行かない。これは僕の母なんだ。誰によっても,凌辱させるわけには行かない。」
「お客様、良く御覧になりなさい。それはダミー(サンプル)であり、本物ではありません。それは死体であり、生きてはいない。あなたの母なる本質は,そこにはありません。」
若い男は,すやすやとあどけない表情で眠る愛おしいdead birdの胸に手を当てる。
鼓動を感じられない。これは確かに生きていないようだ。しかしあたたかい。人間の体温とは,なんとあたたかく、心地好いのか。これは生きてはいないのに,どうして…。
「お客様、そのあたたかさは、死んだ(殺した)鳥を揚げて,少し冷ましたものと同じあたたかさであり、それは生きているあたたかさとはまったく違うものですよ。あなたにはまだわからないのでしょう。あなたはまだ、生きたことがないから…。」
タクシーの運転手はそう言うと契約の証として、透明な水晶でできた心臓を若い男に差し出す。
「わたしが、あなたの代わりに、これを終らせてあげましょう。そして、あなたは、生きるのです。生命を手にするのです。それは永遠に,いつまでも、存在し続ける。これが、わたしとあなたとの約束です。さあ、あなたの生命をお受けなさい。」
若い男は,最早ほかに方法はなく、仕方なく,妥協してその透明な水晶の心臓を受け取る。
その瞬間,少女は男の手に渡り,目の前の広がる光景のなかで、男は若い男に見せる。
そこには、一つの透明な水槽が四つに分けられ,その一つにはたくさんの黒ずんだ小さな手首が転がっている。
まるで人形の一つのパーツのように。
もう一つの水槽には、黒ずんだ小さな足首が幾つも容れられ、他の二つの水槽に容れられるものは自ずと予想が着く。
それは頭部と胴体であるだろう。いずれも黒ずんだ…。
そして残りの両腕と両脚は、白々と,墓碑のように灰の上に突き刺さっている。
また灰の地上をのたうつように這っているだろう。
そう想像する今,現実に,若い男の目の前で少女は醜い男から逃げ回り,そして捕まえられる。
醜い男は、取り押さえた少女の足首目掛け,小さな斧を振り下ろす。
切断された少女の足首が転がり,少女は苦痛に叫ぶ。
そして、今から先に起こるさらなる地獄,より悪い地獄を想像して絶望の表情で中空を見つめる。
見開いた白い瞼からは、今にも眼球が零れ落ちそうになっている。
僕は、僕は何をしたのだ。
若い男は,みずからに問う。
男は若い男の耳元に囁く。
「あなたはもう戻れない。あなたは生命を手にした。永遠の生命を。これからずっと、ずっと、あなたはみずから、より良い地獄か、より悪い地獄を選び取り,どちらかを経験し続けるのです。それが、生命というものなのです。生命から受けた"わたし"の報復は,永遠に終らせることはできません。それは,"わたし"に対する報復です。」
若い男の目の前で虹色に光る白蛇のような寄生虫はやがて黒い鳥の姿に変化し,最後に黄金の牡牛の姿となる。
僕は,目を覚ます。
屠殺場の冷たいコンクリートの床の上で,皮を剥がされた血まみれの切断された牛の頭が,自分の熱い血溜まりのなかで、こう囁いている。


殺したい人の数だけ,死んでゆく。
この世界では,僕が殺したい人の数だけ,地獄の底で死んでゆく。













































存在していない世界

こともあろうことか。わたしは牛頭天王を祀る神社の帰りに、家のすぐ近くで歳が十も下の男に声を掛けられ、男の要求を断り切れず、家に上げた途端に激しく接吻をされ、男は翌日に自分は発達障害であることをわたしに告白したのだった。
これがつい、五日前の話である。
今年の八月でわたしは四十歳、人生初めての難破であった。
最初に出会った日にはわたしは男に恋愛感情を抱かなかったが、三日前に会った日には男を恋しく想い、この男と生涯連れ添いたいと願ったのだった。
男は最初の日も次に会った日も、履いているグレーのチノパンの丁度陰茎のある辺りにカレーを零した痕が付いていた。
わたしはそれを指摘した。
男は次は洗って来ると言った。
わたしは二日前から、吐き気が治らず、一日中身体は熱っぽい。
男と会っているあいだは、そんな症状は起きなかった。
次の休みに、男はわたしと会う約束をしてくれなかった。
だからわたしは男に別れを告げた。
今日も、悲しくて何度と涙が流れた。
男はあの後、わたしに何かをインターネットという通信術によって言ってきただろうか。
わたしはそれを知らない。
男からの連絡のすべてを遮断したからである。
わたしは自分の人格、性質、欠点、問題点などをできるだけ男に教えたつもりでいたが、男は何も理解できていなかったのだろうか。
男は今までに交際してきた女のすべては優しかったと言った。
一方、わたしは今までに交際してきた男のすべてを殺しかけた。
精神が、真に死ぬる処まで追い詰めてきた。
魂も、じゃりじゃりに成って、ぷるぷるに成り、果てはすらすらに成るくらいまで、男を攻めに責め、咎めてきた。
そう、わたしと交際した男のすべてが真の地獄へと突き落とされた。
その地獄は、わたしが男をすっかりと忘却の果てに押しやった後にも永久に続いた。
最初に交際した男に、わたしはこう言われたことがある。
「君は鬼のように暗い。」
まだ二十二歳の頃だった。
わたしは己れを人間より鬼に近く、実際に鬼なのではないかと想うことがよくあった。
人間共と暮らしていること自体が、間違っているのだろう。
わたしは人里離れた山奥の、だれも辿り着かぬ谷底の、暗くて冷たい洞窟のなかに暮らすべき存在なのだと、わたしは自分の鏡から、言われた。
だから、わたしは独り、家を後にし、山のなかを歩いていた。
もうすぐ、日が暮れそうだった。
食べるものもなにも持って来なかった。
腹がしつこいほど鳴り、喉も渇いて脱水状態にあった。
それでもわたしは洞窟を探して、わたしの永遠に骨をうずめる場所を求めて歩いていた。
ふと、自分の枯葉や朽木を踏む音に混じって人の声が聴こえた気がした。
わたしは振り返った。
すると3メートルほど先に、鼠色の無紋の服を着た虚無僧が杖を付いて立っておった。
わたしはその者を訝った。虚無僧は今の時代にはいないはずだ。
天蓋の籠を深く頭に被り、顔の見えない虚無僧がわたしに向かってまた声を掛けた。
「お主、なにゆえにこのような危険な場所を独りで歩いておるのだ。危ないではないか。もうすぐ日が暮れる故、さあ我と共にこの山を降りましょう。」
わたしは恐れ、その男に向かって叫ぶように答えた。
「俺は鬼だ。お前の肉を食い千切り、骨を三日かけてしゃぶるぞ。それをされたくなければ、俺から離れろ。」
虚無僧は、少し顔を俯けてじっとしておった。
わたしが手に汗握って反応を待っていると、虚無僧が恐ろしく重低音の響くチベット密教の聲明のような声でゆっくりとわたしに言った。
「我はお主を救う為に此処へ呼ばれて来た。我はお主も知る牡牛様からの遣いである。牡牛様がお主を戻せと我に命令したのだ。何があろうと我はお主を戻す。」
わたしはそれに応えず、虚無僧を後にしてすたすたと山中を歩いた。
虚無僧が後ろから走って来た。
「お主、待たれよ。」
わたしは振り返らず答えた。
「ふん。そんなこと言って、本当かどうかわからないよね。俺はもう決めたんだ。洞窟のなかで一生を過ごし、だれも知らない処で生きて死ぬる。すべての宇宙でだれひとり俺を知る者はいなくなり、すべての存在の記憶から俺は消えて失くなる。俺の本願を奪う権利はだれにもない。俺は絶対に戻らない。もしどうしても戻したいならば俺を殺せば良い。この肉体は戻るだろう。だがこの鬼の魂は、最早戻れる場所はない。」
虚無僧は何も言わず、無言で後を着いてきた。
俺は構わず、俺を永久に閉じ籠める地下の穴を探しながら歩いた。
日が、暮れかけていた。
日が暮れたあとは、山のなかは真暗闇、月明かりも星明かりも届かぬ場所でそれでも俺は歩いた。
気づくと俺の両の目から涙が流れていた。
やっぱり俺は鬼だったんだ。暗闇のほうが、すべてが見えて来る。
すべてが懐かしく想えて、俺は泣いていた。
虚無僧が、ぼそっと後ろから声を掛けた。
「鬼も泣くのか。」
夜のあいだ中、ずっと歩き通し、谷底を降りて行った。
其処は、まるで奈落のように見えた。
その穴の底に、俺は降りて行った。
虚無僧は身軽な足取りで着いてきた。
光の存在しない洞窟の奥で、俺はホッとして身体を母の胎内で眠る児のように丸めると眠りに就いた。
虚無僧は五本の蝋燭を眠る俺の周りに並べ、それに火を付けた。
そして結界の外で低く囁くように呪詛を唱えた。

かぁごめかごめ かごのなかのとりは いついつでやる
よあけのばんに つるとかめがとぅべった
うしろのしょうめんだぁれ

その瞬間、すべての火がふっと消えた。
わたしは夢を見た。
巨大な牛頭人身の魔物が、わたしの大切な人のすべてを生きたまま食べる夢だった。
わたしは以前に見た夢を憶いだした。
世界が終わる前には、時間が止まっているように感じる。
そのことを何者かがわたしに夢で伝えた。
時間が過ぎない。
時間が過ぎているように感じない。
終末のとき、すべてがそう感じる。
時間が過ぎることをどれほど祈ろうが、時間は存在していないのである。
虚無僧がわたしに優しく声を掛けた。
「さあ眠りから覚めなさい。その日に堪えられるように、いつでも目を覚ましつづけていなさい。」
わたしは目を開けた。
其処に、存在する世界があった。























五つの玉の精

わたしは牛頭天王を祀る神社へ赴いたあと、帰路に着き家のすぐ近くの岩板に座りてPokémon GOでシビシラスと真剣に闘っていた。
そしてシビシラスを捕まえて独りで喜んでいた。
その時である。俄かにわたしは声を掛けられた。
「図書館へはどちらの道を行けば良いですか?」
顔を上げると、そこには籠のついた古い自転車を引いた若い男が立っておった。
わたしは方角を指で差し示し、図書館までの道のりを男に教えた。
男は分かっているのか分かっていないのか分からない顔で礼を言った。
わたしはPokémon GOを再開する為にまた目を落とした。
すると男は自転車を止め、わたしの座る岩板の左に座った。
わたしが訝っていると男は「少し休憩をしようと想いまして。」と笑って言った。
わたしは男がわたしに何か求めていることを感じ取り、それが何であるかを知りたいと激しく想った。
男はわたしに何をしているのかと訊ねた。
わたしは自分が捕まえて育ててきた化け物を使いて血の戦いの末、このシビシラスというシラスのような化け物を捕まえたところだと答えた。
男は自分の道具の器が足りなかったから自分はそれをできなかったと応えた。
わたしは笑った。
わたしはこの男が気に入った。
わたしは男に本が好きなのかと訊ねると男は自分の借りていた本をわたしに見せた。
歴史の本とパレスチナ語(ウルドゥー語)を学ぶ本があり、わたしはパレスチナ語を学ぶ本を手に取って中を見ながら、わたしは今、日本とユダヤの関係についてずっと調べているのだと言った。
男は感心を示している様子でそれは面白そうだと言った。
わたしは牛を『バカラ(بقرة)』というのかと関心を示した。
わたしは最近、牛頭天王のことを調べていると男に言った。
これは『バアル』の名前と関係がありそうだ。とわたしが言うと男はバアル神のことかと言った。
わたしはバアル神を知っているこの男に深く関心を抱いた。
わたしは自分が如何に孤独で、毎日が苦しいことを簡潔に男に伝えた。
介護補助の仕事をしている男はわたしの背中を老婆の丸い背を撫でるように優しくさすり、わたしに深く哀れむさまを表した。
わたしはこの優しい男に自分はこの荷物を家に置いて来るから、一緒に図書館へ参らぬかと言った。
男は喜び、是非ともそうしようと言った。
男のかけている黒縁眼鏡の左のガラスにはとてつもなく濃い睫毛が三本付いておった。
わたしは男は眼鏡を最低一年は洗わない主義なのかと想った。
男は良ければお友達になって欲しいと言ってわたしに握手を求めた。
わたしは差し出した男の手を握り、頷いた。
男はわたしの手を冷たいと言い、あたためるように握った。
わたしが荷物を置きに家に上がっているとき、まるで拾ったばかりの仔犬を繋いでひとりぽっちにさせているような不安と哀しみを覚えた。
わたしが降りて静かに待っている男を見たとき、やはり拾われたばかりなのに棄てられるかもしれぬ深い不安と寂しさを胸の奥深くで溢れさせている仔犬のような顔でわたしを振り返ったのだった。
わたしはお前を棄てはしない。
お前がわたしを棄てる迄。
そうわたしは心の底で言わなかったが、男がこれを呪うように求めていた為、わたしの神に言わせた。
二人で並んで歩くとすぐに、男はわたしの手を繋いできた。
男はわたしより十の年下だった。
何の恥じらいなく甘えて来る男の行為にわたしは幼児が母親の手をひっしと繋ぎたがる切実さを感じて感動したが、同時につい先程に知り合ったばかりのこの男が母の愛をわたしに求めていることに心中で周章狼狽し、わたしは咎を背負うような気持ちになった。
わたしはこの男に対して、野山のねきの道で出逢った猿か狸の仔を連れているような気持ちで共に歩いていたからである。
わたしは咎められているこの想いを男になんと言えば良いかわからず、困惑しながら男と手を繋いで歩いた。
男の手はとてもあたたかく、厚くて柔らかく、優しかった。
わたしは五年間、男に触れられはしなかったが、わたしが守り通してきたこの操の期間を、男は容易く触れて壊してしまった。
それは何の意味もなく、全く無意味だった。
わたしには何の価値もないのだとわたしは感じた。
わたしの処女は、永遠に帰らぬのだと、神に告げられたような気持ちだった。
わたしは誰ひとり、愛することはなかった。
わたしが愛したのはただ一人、父と母の融合神、二心一体の存在であったからである。
だがわたしは絶望し、処女を喪った。
わたしには女としての希望も、人としての希望も最早在りはしなかった。
何度と、わたしの身体を気遣って座って話をする男にわたしは言った。
わたしは本当に"鬼"なのだが、それでも良いのか。
男は気にしないと言って微笑んだ。
その両の目は、五千年間埋められ続けた蒼い透明の火の玉のように、何かを言いたげであった。
わたしは男に言った。
わたしは幸せを求めていないのだ。
わたしは悲劇を愛しているのだよ。
わたしと添い遂げようとする者は、真に苦しみつづけるだろう。
男はわたしの両の手を両の手で握り締めて言った。
僕は貴女と幸せになりたい。
男は何遍も何遍も、しつこいこと極まりなく、同じ言葉を繰り返した。
僕が貴女を護りますから。
だから、大丈夫ですよ。
わたしはその都度、笑った。
男はマスクを外してわたしの右手の甲に幾度もキスをした。
男はそして謝った。
変わり者でごめんなさい。
そして枯れた蓮の花の浮かぶ湖を眺めながら言った。
今日から、僕は貴女の恋人です。
男は何度も用を足しに公衆の厠へ行った。
わたしが男の後ろ姿を見つめておると、男は携帯の画面を見下ろしていた。
わたしはそのことについて、訝り、男に訊ねた。
男は答えた。
Twitterを見ていたのです。
わたしは酷く不満な心地で口をマスクの下でひょっとこのように尖らせ不機嫌に言い捨てた。
ふーん。そんなに気になるアカウントがあるのか。
男は帰り道を変に急いだ。
男の要求にわたしが折れて、わたしの家に上げてやると言った後である。
男は言った。
家に着いたら、口に優しいキスをしてあげますからね。
わたしは男に言った。
なんで家に上げても良いと言った途端、そんな早足で歩き出すのか。
男は立ち止まって振り返ると、はにかんで笑って言った。
ごめんなさい。
わたしは不安になり、男に言った。
わたしは拷問にかけられて殺されたくはないから、やはり家には上げられない。
男は拷問とは何かと訊いた。
わたしは答えた。
拷問とは、堪えられない地獄の苦痛を生命に与えることである。
男は可笑しそうに笑って言った。
そんなことしませんよ。それに、人を殺めたらこれですわ。
男は自分の両手首を縄で縛られているジェスチャー、即ち「お縄になる」を表現し、笑った。
わたしは男の目をガン見した。
その男の両の目は、先程、公園で見た野生のヌートリアの微塵たりとも邪の無い何ひとつ穢れのない、ただ食べること、生きることしか考えてはいない磨いた黒曜石の球の如く目と全く同じ目であった。
わたしは、男をとうとう家に上げた。
男は、母親の乳首を欲して見つめるようにわたしの目と口を見つめたるあと、何度と吸い付くように口付けを行った。
しかしわたしは口を頑なに開けることはなく、性的な興奮と感情を覚えなかった。
恰も、可愛く懐く打ち棄てられていた仔犬を拾って家に連れ帰ったものの、その仔犬に獣臭の凄まじき舌で口を舐め回されるのは酷い不快感と嫌悪感を否むことはできない者の複雑な悲しみと哀れみの如し、わたしは男を本当の意味で愛することはできなかった。
どんなに激しく求めて舐めて吸おうが、一滴も乳の出ることのない乳首を見つめる乳飲み児のように、男は寂しそうな顔でわたしを心内で絶望するように見つめた。
男は、家に上がる前に言った言葉をもう一度言った。
時間が止まればいいのに。そうすればずっと貴女と一緒にいられます。
わたしは男に、セリアに売っている"3D ドラゴン"のドラゴン種をすべて集める為に、一緒にセリアに行ってくれないかと言った。
男は一緒に行くと約束した。
そしてわたしと指切りをし、男は言った。
どんなことがあっても、僕が貴女を護りますから。
そして男はわたしと繋いだ小指を離して切った。
男は、帰りが遅いと親が心配するからと言って帰った。
男が帰ったあと、わたしは『古代の宇宙人シリーズ』を観ながら赤ワインを飲み、夕食をとった。
男のことが気に掛かり、古代の宇宙人たちが、何処そこで、何をして、何を人類に教えたのかを熱く語られ続ける内容の何一つさっぱり頭に入って来なかった。
わたしは上の空で混乱し続けていた。
わたしは酔い潰れ、男に床に入りて休むとメールを送って眠りに就いた。
翌朝、少し吐き気と悪寒がし、身体が熱っぽかった。
体温計で熱を測ってみた。
二度とも36.7°であった。
わたしは彼を疑った。
彼は故意に、何かをわたしに移した(感染させた)のではないか。
わたしは寒気のなかに、男を恐れた。
わたしは男の顔も憶いだせなかった。
わたしの筋肉は腐り、足は日に日に痛み、腸と脳には蟲が湧いている。
その上、わたしに対する呪いはわたしに死に至らしむ感染病に罹らせたのか。
わたしは、己れと己れの神を、呪わんとした。
そのときである。わたしは憶いだした。
昨日わたしは牛頭天王を祀る神社にて自分の足をさすり、その手で牛頭(黒い牡牛像)の神の足をさすり、わたしの足をまたさすった。
その祈願のあとに、わたしは男に出会ったのだった。
わたしは瞬間、目を見開き、涙がとめどなく流れた。
おお、牛頭よ、我が愛する独り神よ。
あなたはあなたの右前脚の膝の器から、生まれた精霊(分け御霊)をわたしに与え賜われたのですか。
それなのにわたしは彼を三度疑った。
わたしは彼の真心を、信じなかった。
わたしは彼の約束を、疑った。
赦し給え。
わたしは男にメールを送った。
すると男から返事が返ってきた。
「熱はないですか?
少し前PCR受けましたが、陰性でしたよ。」
わたしはもう二度と、彼を疑わない。
もし、彼との子を授かる日には、その名を、「五竜也(ごずや)」と名付け、世の終わる日まで、この世で愛しんで育てることを、わたしはあなたに約束する。























浦島太郎


浦島太郎が、目を開けると、側に乙姫がいて、彼女は静かに言った。
今日から、あなたはわたしの夫であり、わたしはあなたの妻です。
浦島太郎は、乙姫と官能的な蜜月を竜宮城で三千年間過ごしたあと、最悪なものを目撃した。
浦島太郎は我が目と目を疑ったが、三度目に見た時には、もう良いや、と想った。
もう、終わりだ、お終いだ、お開きだ。と想った。
太郎は、激流の涙を流し終えたあと、乙姫に向かって言った。
乙姫は、長い黒髪を鏡の前で櫛で梳かしておった。
「乙姫どの」
乙姫は、愛らしいあどけない顔で振り向き、太郎のぎろぎろとした気色の悪いほどに燃えているような両の目を見つめて答えた。
「太郎さん。どないしはったのですかえ。具合でも悪いのかえ。顔色も悪いし。」
太郎は目をぎゅっと瞑ると黒い血を吐き出すように言った。
「わたしは見たのだ。」
「何を見たのですかえ。」
「そなたが…わたし以外の男と、契っているところをです。」
すると、乙姫は太郎と同じように青褪めた顔になり、ふたりで変な汗をたらたら流し合った。
乙姫は動悸のするなか言った。
「黙っていたことを、本当に申し訳なく想います。わたしはあなたを失いたくなかったので、これまでずっと言えなかったのでございます。あなたの星では、結婚や契りをたった一人の者とすることを決まりとして良いことだと考える人がほとんどであることはわたしは知っておりました。しかしこのわたしの星では、そうではありません。この星では人は何人でも愛せるのです。人は何人とでも結婚できて無限に愛する人と契ることができるのです。愛に制約は一切ありません。あなたの星に、愛に制約をつけることばかり好むことをわたしたちはとても不思議に感じています。わたしはあなた以前に夫が千人以上いますし三万人以上の人と契りました。」
浦島太郎は、実に黒雲が晴れたという顔をして言った。
「実家に帰らせて戴きます。」
乙姫は悲しんでしくしくと泣いた。
「何故泣くのですか。あなたにとって、わたしは特別に愛する存在ではないのに。千人以上いる夫のなかの一人にしか過ぎない。」
乙姫は涙声で言った。
「確かにだれもわたしにとって特別ではありません。わたしはすべての存在を同等に愛しているからです。あなたと結婚し、契りを交わしたのもあなたの遺伝子とわたしの遺伝子が相性が良いことをわたしの潜在記憶が知っていたからです。そうでなければ、あなたをこの星へ連れてくることなどしませんでした。」
浦島太郎はきょろきょろとして言った。
「わたしを乗せて来た亀は何処です?早く用意して来てください。今すぐに、即刻、家へ帰りたくなりました。」
その時であった。
地下の扉が開かれ、巨大な亀型宇宙船が地下からゆっくりと上がってきて、自動ドアが静かに開いた。
浦島太郎は振り向くことなく亀型宇宙船のなかに入り、ドアが閉まるのを待っていた。
だがなかなかドアは閉まる様子がなかった。
乙姫が、地下に降りて四角い金属でできた小箱を持って上がって来て、それを浦島太郎に手渡した。
「なんですか、この箱は。」
浦島太郎がそう訊ねると乙姫は哀しげな顔で言った。
「それはタマテバコという箱です。あなたの魂が入っている箱です。あなたはもともと三つの魂がありましたが、わたしの星に着いたときに一つの魂をこの箱のなかに閉じ込めねばなりませんでした。そうしなくてはこの次元にあなたは適応できなかったからです。」
浦島太郎は驚いたが、返して貰えたことにホッとして応えた。
「そうですか。それでなんだか、夢のなかにずっと暮らしているような心地がいつもしておったのですね。夢から覚めて、わたしは良かった。本当に良かった。これで家に帰ればすぐに箱を開けて、廃人のように生きて独りで死のうと想います。」
「いいえ、その箱は決して開けてはなりません。」
「なんでなのですか。開けたらわたしが発狂するからですか。わたしがショックのあまりに老いぼれるからですか。わたしが絶望のあまりに体内細胞のすべてが死滅するからですか。わたしのアホ過ぎる魂と対面してわたしは堪えきれずに死ぬるからですか。なんでなのですか。なんで開けたら駄目なのですか。」
乙姫は、言葉を探しているようだったが、瞬きを三度すると浦島太郎を見つめて言った。
「その箱のなかの魂は紛れもなく、あなたなのです。あなたはこの、三千年間、ずっと箱のなかに閉じ込められていたのです。そのあなたが、あなたを三千年間、呪い続けてきたからです。箱を開けたなら、呪いの封印は解け、あなたはみずからの呪いを受ける。あなたは最早、生きていることはできません。」
「では何故、これをわたしに持たせるのですか。」
「それはあなただからです。あなたのものであり、あなた自身だからです。もしあなたを此処に置いて帰ると言うならば、わたしはいつか箱を開けたくなるかもしれません。あなたはわたしの愛する夫だからです。」
浦島太郎は笑って言った。
「ははは、口が上手いな。あなたはそんなことを言って、わたしの呪いが怖いのでしょう。わたしの呪いは凄まじ過ぎて、あなたの呪術でも封印し続けることが難しいと想ったからでしょう。もういい。もう聴きたくない。早く故郷へ帰りたい。だれもいない海辺で酒とドラッグをキメて早く寝続けて早く死にたい。早く竜宮城から離れて、早くあなたのことを忘れたい。海月になって太陽に溶かされたい。もう何も考えたくない。わたしは終わった。今すぐにこの玉手箱を開けて自分の玉のすべてを封じ込めて鯛になって蛸と烏賊に迎えに来てもらって木筒を叩きたい。じぶんがなにをいってるのかもうわからない。酢を飲んで血を吐きたい。雷に打たれてところてんをケツから出産したい。ミニバケツを頭に被って瓢箪を腹に巻きたい。そして巻き簾を食べたい。ブリキ缶のささくれに肘を擦って血を流したい。水と泥で新しい常世の国を創りたい。乾燥素麺を一ミリ単位に切ってそれを砂浜に全く同じ間隔で綺麗に立てて並べたい。あなたと最後にキスしたい。そしてあなたと永遠に絶縁したい。」
そう言い終わると浦島太郎は涙を流しながら乙姫と口付けを交わし、玉手箱を右の小脇に抱えて亀型宇宙船に乗って地球に帰った。
はたして浦島太郎は、故郷へ無事に帰って来れた。
だれもいなかった。
なんの生命も、生きていなかった。
辺りは灰の山に囲まれ、灰の海と川が音もなく流れ、灰の地は、底がないように想われた。
それもそのはず、この星は、浦島太郎が発ったあと、五十万年がとこら過ぎていた。
だれもなにも、生きていない星に、浦島太郎は独りで帰って来た。
浦島太郎は、渇いた声で笑った。
「ははは。」
玉手箱の紐を解き、蓋を開けた。
そして、中を覗いた。
するとそこに、自分の顔が無限に映っていた。
中は鏡張りだった。
蓋の内側も鏡でできており、蓋を閉めると六面鏡が合わせ鏡となる。
浦島太郎は、すべての悲しみを封じるかのように深い深い息をそのなかに吐くと蓋を閉め、紐で硬く結び、目を閉じた。

夢のなかで、乙姫が哀しげに微笑んでじぶんに向かって言った。

「わたしはあなたをしか、愛せないのです。」





















起始湎

僕の鬱症状は、酷くなっているようだ。
何故なら、前歯が欠けた。
要因はたくさんあるが、大きな要因として、暴飲暴食(酒と過食)、歯を磨かないことがあるだろう。
前歯が欠けるほどに虫歯が酷くなっているのに昨夜も歯を磨かずにいつものように褥に倒れるようにして寝た。
限界までいつも酒を飲んでしまうからである。
そして朝起きても歯を磨かない。
顔も洗えない。朝から鬱だからである。
それが一週間以上続く。
一週間以上歯を磨かない、顔も洗わない。
そして食べたいだけ食べて飲みたいだけ酒を飲む。
また黒糖を入れた紅茶やコーヒーを飲む。
これを約一年続けた結果、僕は、歯ァ欠けた。
昨日、風呂場で大きく欠けた前歯を見たとき、わたしは本当に悲しかった。
疲弊し、赤ワインを二杯飲んで徒歩30分以上かけて歩いてPokémon GOをしに出掛けたのだった。
帰りは電車で帰って来た。
常に、欠けた前歯の悲しみがわたしの根源的な意識に覆い被さっていた。
わたしはわたしではないのだと想った。
わたしはわたしではないし、わたし以外のだれかでもないのだとわたしは想った。
わたしの記憶がわたしをわたしだと想っているかも知れないが、わたしの記憶がわたしではないのだと想った。
きしめんがわたしの腸のなかでわたしだと想っているかも知れないが、わたしではないだろう。
きしめんがわたしならば、なにゆえ、前歯が欠けたことをこれほど悲しむのか。
可笑しいではないか。
わたしはきしめんではないことは確かであるようだ。
わたしは"きしめん以外の何者か"という定義を自分に下してみたが、なんでそんな定義をいちいち下す必要があるのだろうか?
「きみは独りじゃない。」と人に励まされたが、なんで独りじゃないのにそんなこといちいち否定する必要があるのだろうか。
それは「きみは独りだ。」と言われてるのも同じではないか。
なんで独りであることなんてわかってるのにそんなこといちいち人から断言されなくてはならないのか。
俺とバトルしたいのか?
きみは自分がきしめんではないという証明ができるとでも想っているのか。
きみは前歯が欠けないからって安寧の生活を送っている気になっているかも知れないがきみは自分がきしめんではないという証明を宇宙に向かって叫ぶことはできるとでも想っているのか。
もし想わないならば何故、なにゆえに想わないのか?
世界の、宇宙の始まりに、きしめんが一匹闇のなかを泳いでいるというイメージをしたことはあるのか。
何故、きしめんが宇宙の起源であるというイメージをしたことはないのか。
我々の起源がきしめんであった場合、なにゆえわたしは前歯が欠けたことをこれほどまでに悲しまなくてはならないのか。
わたしは自分がきしめんではないという証明を何故できないのか?
何故、きしめんはペラペラの薄っぺらい存在であるのにそのなかに、内臓や器官を持っているのか。
きしめんには目も鼻も歯もない。
しかし、その顔に、口腔はある。
そしてその口腔と肛門はなかで繋がっている。
そのきしめんの肛門から、生まれ落ちたという想像をわたしたちは、何故しないのか。
わたしたちは一匹の白いきしめん状の生命体の腸内のなかにある宇宙という空間にある地球という星のなかに住んでいる。
だがそのきしめんは、さらなる巨大なきしめんの肛門から生まれ落ちたのである。
わたしたちは永遠に生まれ落ちる。
きしめんはみずからをほんとうに愛するとき、じぶんの口腔と肛門を繋げ、輪を作り、子をみずからのなかに産卵する。
無数の白いきしめんサークルが、暗闇の宇宙に泳いでいる。
それは、仄かに虹色に光り輝いている。
くねくねと、みずからの軀をくねらせながら。
楽しそうに。
終わらぬこの歓びのなかに。















Untied cord

昨日は朝5時前から起きていて、朝から酒を飲んでいたので早くも夜の9時過ぎに寝床に倒れ、僕は眠りに入ったのだった。
そしてパソコンで「マイ・プライベート・アイダホ」を録画していたので録画終了ボタンを押す為にアラームを23時過ぎにセットし、目が醒めた。
僕は二度寝をしようとしたができんかった。
なので先日に買った中原中也訳のランボオ詩集を手に取り、毛布に包まれながら読み始めたのだった。




雌鳩らは、静かに飛んで、我が寝そべつてゐる
芝生の方までやつて来て、私のまはりに羽搏(はばた)いて
私の頭かうべを取囲み、我が双の手を
草花の鎖で以て縛いましめた。
薫り佳き桃金嬢もて飾り付け、さて軽々かろがろと私を空に連れ去つた
彼女らは雲々の間あひだを抜けて、薔薇の葉に
仮睡まどろみゐたりし私を運び、風神は、
そが息吹いぶきもてゆるやかに、我がささやかな寝台とこをあやした。

鳩ら生れの棲家に到るや
即ち迅き飛翔もて、高山たかやまに懸かるそが宮殿に入るとみるや、
彼女ら私を打棄てて、目覚めた私を置きざりにした。
おお、小鳥らのやさしい塒ねぐら!……目を射る光は
我が肩のめぐりにひろごり、我が総身はそが聖い光で以て纏はれた。
その光といふのは、影をまじへ、我らが瞳を曇らする
そのやうな光とは凡おほよそ異ちがひ、
その清冽な原質は此の世のものではなかつたのだ。
天界の、それがなにかはしらないが或る神明しんめいが、
私の胸に充ちて来て大浪のやうにただようた。




読み始めてすぐに、僕は感動に包まれ、全身を、光と愛に満たされたそのとき、除夜の鐘の音が遠くで鳴り響いた。
おお、天の父と聖霊たちはこの宇宙で最も愚かなわたくしに最も素晴らしい年越しを与え賜われたのか…!
感涙し、神からの愛の深さに打ちのめされたるあと、僕の今求める詩がそのあとあまりなく、退屈を覚えながらページを捲りまくり、飛ばしまくって読み、不満のなかに、本を閉じ、拗ねて口を尖らせてわたくしは寝くさった。

僕は夢のなかで、様々な体験をした。
だが目を覚ますと、僕は一つの断片をしか記憶していなかった。
夢のなかで、僕は兄と車で出掛ける予定だった。
僕は嬉しかった。
そんな経験は、今まで何度あったろうか。
あまり兄とわたしは二人で出掛けることはなかったのである。
わたしは欣びのなか、支度した。
兄は「先、車に行ってるわ。」と言って先に家を出た。
わたしは慌てて、急いで、準備した。
そして玄関に向かい、しゃがんで靴紐を結んでいた。
それが意味のわからない靴紐だった。
何をどうやってもうまく行かなかった。
想うように結べなかった。
僕はずっとずっと必死に、ちゃんと、ほどけないように紐を結ぶことに夢中になり、その間ずっと兄を独りで待たせていることに途方に暮れながら苦しんだ。
早く、早く、わたしは兄のところへ行きたかった。
そして車に乗って二人で一緒に出掛けたかった。
すると玄関のドアが開いて兄が戻ってきて、兄は怒りと悲しみのいつもの恐ろしい形相でわたしに言ったのだった。
「2時間も待っとったんやぞ。」
マジか…。まさか二時間も経っていたとは…わたしは想わなかった。
嗚呼、叶わなかった。
愛する兄と二人で出掛けることができなかったわたしは、悲しくて、兄にも申し訳がなかった。
二時間も、兄はマンションの下に止めている車のなかで独りで待っていた。
準備を整えたわたしが降りてくるのを。
兄はもしかするときっと天にいたときも、こんな感じだったのだろうかとわたしは目が醒めて想った。
わたしが降りて来るのを兄はずっと待っていた。
だがわたしが降りて行って母の子宮に受胎したのは兄が生まれてから五年もあとだった
わたしは自分の青写真を作るのに時間を掛け過ぎたのか。
本当はもっと早く、降りて行くことを兄と約束していたのかも知れない。
わたしは降りて行くのが遅れた為、わたしと兄は、ずっと離れて互いに独りで暮らしているのだろうか。
本当は共に、ずっと一緒に暮らす約束を、していたのに。




















Mince

死体をミンチ状にしたことって、経験ある?
どうしたの。突然…。
マグロとかさ、たたきにしたことある?俎板の上で。
あるかな…。記憶に無いけど…。
そういう感じにさ、人間の顔面をミンチ状にしたいなって想ったことある?
…ないよ。
そう…。可笑しいね。僕もないけど、見たんだ。
何を?
今朝、見たんだ。女性の顔を、ミンチ状にする夢を。
またえらい悪夢見たね…。
貴方の撮った死体写真の影響だよ。
そうか…。
最初は、大きなシャベルで切断して、細かく切り刻んでゆくんだ。
仰向けになっている女性の顔を。
夢のなかだから、なんでもありで、上手く切断できるんだよね。
でもそのあと、ミンチ状にするっていう工程なんだ。
彼女の頭部はさ、最初からミンチ状になるっていう決まりがあって、人類の大半が、それを認めてるんだ。
彼女の顔はさ、最初からミンチ状になる為に、存在していたものだし、彼女の顔面はミンチ状になる為に、ずっとその顔が、そこに存在していたって事なんだよ。
ツリが撮った死体写真もさ、ミンチ状まで行かないとしても、それに近い状態のものがあったじゃん。
そうだね。
その人たちもさ、そうなる未来が、決まっていたんだよ。
肉の塊、ブロックやたたき、その違いがあるだけでさ、人間が調理して食べる肉と同じようなものにさ、最期はなるために、その顔が、その身体が、その肉があったんだよ。
でも誰も食べないでしょ…。
いや、食べるんだよ。
誰が?
遺された人間たち。遺された者たちがさ、食べるんだ。食べやすいためにさ、ほら、よく死体写真にもモザイクがかけられてるんじゃん。屠殺場の映像と同じにさ、見せたくないんでしょ。グロすぎるって言ってさ。同じだよ。神聖で穢されるべきものじゃないからモザイクかけるんじゃないんだ。ひたすらグロくて、不快で、人間が精神病まないで生きてくためにさ、見せるべきじゃないって魂が死んでる人たちがさあ、想うからだよね。
人間の顔だってさ、マグロのたたきや牛や豚や鶏のミンチ(挽肉)と変わりないでしょ。
何の為に存在してるの?マグロのたたきや牛や豚や鶏のミンチ(挽肉)を美味いっつって何とも想わずに食べてきた人間の顔がさ、何の為に存在してるの?
同じものでできてるのにね。死体喰い続けて来た人間がさ、生きてるなんてほざいてさ、生きてるわけないのにね。
生きてないからさ。最初から生きてなんていないのわかってたからさ、ミンチにしてやったんだ。僕が彼女の顔を。
まだ生きてる間にしただろってさ、非難受ける筋合いなんてないよ。
ミンチの顔の人間たちにさ。
手前ら、死ねじゃなくって、生きろよって(笑)生きてから非難しろよ。
で、僕の顔、今日ビデオに撮ってさ、Instagramに投稿したんだけどさ、ミンチ状になってんの(笑)僕の顔がさあ。
それで想いだしたんだ。嗚呼、そうだった。僕、散々ハンバーグとか、餃子とか、つみれとか、メンチカツとか、麻婆豆腐とかさ(笑)喰って来たじゃんって。それ全部、僕が僕の顔をミンチ状にしたやつだった!って想いだして、僕の顔が存在してるわけないってやっとわかったんだ。
そうだよ、時間が無いんだから、この世界は本当は。すべて、僕の食べてきた肉は僕の死体だったし、僕は一生懸命に、自分の食べる死体の為に、僕の顔を切断し、細かく切り刻んで、砕いてたんだ!
毎日、毎日、毎日…!
おぞましい、腐乱死体の姿で。
自分自身の顔をミンチ状にするその行為を延々と、繰り返し続けるんだ。
すべての、死体を食べ続ける人類のように。


























右手

人が、雑誌を読んでいて、ページをめくる。
おや?なんだろう...この写真は。
道端に落ちて踏み潰された生の手羽先かな...?
すると次のページには、その写真をズームアウトした本来の姿が映し出され、人は、あっ、と声に出して驚く。
人間の右手ではないか...。

人はその時、不快な感覚を覚えないでいることはできない。
そして、ふと思い出す。
そういや昨夜、手羽先食べたんだ。
この交通事故で亡くなった女性から千切れた、黄色みがかった脂肪や腱と白い骨の見える切断面の右手にそっくりな手羽先を...。

人は、思うのだった。
嗚呼、夜の道に、生の手羽先開いたものを置いてたら、人は、ドキッとするだろう。
これは人間の肉片ではないよな...と。
恐ろしいが、人は、それがなんであるかを確かめたいので、近づいてよく観ることだろう。
しかしどんなに近付いても、それが人間の死体の一部なのか、動物の死体の一部なのか、わからないだろう。
何故なら、その二つは、切り取られた場合、見分けが全くつかないものだからだ。
人は、気になるため、警察に電話し、こう言うだろう。
あのぉ...実はわたしの目の前に、道端に、人間の肉片らしきものが転がっているのですが...。
警察が遣ってきて、肉片を拾って、人にこう言う。
「"何の"肉か、検視の結果が出ましたら、改めて御連絡致します。」
翌日、電話が掛かってくる。
「検視の結果が出ました。あの肉片は、鶏の"死体"でした。どうやらあの近くで飼われていたクックたんという名の、雌鶏の死体の右の前肢(翼)の部分であるようです。誰かのいたずらでしょう。御協力、ありがとうございました。」
人は、受話器を置いたあと、あてどない悲しみを感じないではいられない。
クックたん...殺されたのか...。なんて酷いことをする人間だろう...。
嗚呼、お腹が空いた…。なんか食べよう。そうだ、チルドに入れたままの手羽先...忘れてた。あれ早く、食べないと...。
人はそれをフライパンで焼き始めたが、胃液が込み上げてくるのだった。
嗚呼、よりによって何故、わたしは手羽先を今から食べなくてはならないのか...。
一体、何の罪で、わたしは今から手羽先を食べなくてはならないのか。
クックたんが虐待され、生きたまま解体されたあと惨殺され、その死体が、スーパーに並べられ、わたしがその死体を買って、わたしが今、クックたんの死体を焼いて食べようとしているのだ。
人間の死体とそっくりで、見分けることさえできなかったクックたんの死体を、わたしは今から何故、食べなくてはならないのか...?
クックたんは、実際、どのように殺害されたかを、わたしは知らないが、クックたんは殺される直前まで、きっと鳴いていたのだろう。
クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック、クック...
嗚呼、そして...そして...何が起きたのだ...その次の瞬間...
人は気づけば、外に飛び出していた。
真夜中の道路、涙で、視界がぼやけていた。
人は何を想ったのか、咄嗟に、道路を渡ろうとした。
人は、スピード狂の車に激しく跳ねられ、轢き潰され、千切れた右の手首が30m先に飛んで、道端に落ちた。
その場所は、クックたんの殺害現場であった。
人が、そこを通り掛かった。
その落ちている肉片を観て、人は思った。
これは、鶏か...。
何故なら、それが、ずっと、ずっと、クック、クック、クック...と悲しげに鳴き続けていたからだった。


























ツリの煩悶地獄 六

今日も、遺品整理のバイトを終えて帰宅し、家に就いて、ツリは一服していた。
ビール缶を片手に、豆おかきを食べながら、疲弊を感じながらも、今日一日を無事に過ごせたことを感謝する気持ちで、幸福を噛み締めている時だった。
玄関のチャイムが、突然鳴った。
ツリは、吃驚した。一体、こんな時間に、誰だろうか?ツリは大変に訝った。
すると、ドアの前で、男の声がした。
「ヤマト宅急便です。」
ツリはホッとした。なあんだ、宅配便か。はて、何が届いたのだろう。
ドアの前まで行って、覗き窓から外を覗くと、確かにヤマト運輸の緑色の制服を来た男が、緑色の帽子を被って立っておった。
安心し、ツリはドアを開けた。
その瞬間、物凄い速さで、男に腹と、頭部を鈍器で殴られ、気絶した。
次の瞬間、ツリは、ヌルヌルとした、熱い血の味で目が醒めた。
鈍痛を、頭部の左上部分に感じて、ツリは想った。
俺の頭から血が流れており、その流れてきた俺の血を、俺が舐めている、そういうことか。
そして、あっ、とツリは想いだしたのだった。
そうだ俺、訳がわからないが、ヤマト運輸の男に突然、殴られたんだ…。
ツリは、此処は、はて、何処だろう…?と想った。
薄暗くて、良く観えなかった。
何か、物があるようにも観えるし、何もないようにも観えた。
とにかく狭いようで、広いようにも感じられたが、室内であることはわかった。
何故ならば、室内にいるときの、雨の音が、外から聴こえて来るからだった。
気温も暑くもなく、寒くもなかった。
一つ、明確にわかることは、自分は椅子に座らされており、両手首を、椅子の背凭れの部分に強く縛り付けられており、両足頸は、椅子の足に、それぞれ拘束され、自分は身動きがまったく取れない状態であるということであった。
一体、何が起こっているにだろうか…。
「いるにだろう」って何…?ツリは自分で突っ込んだ。
嗚呼、俺は…。俺は…。とうとう、捕まっちゃったのか。ツリは絶望した。
誰かわからないけれども、俺は、本当に捕まえられちゃったんだ。
色々と、ヤバいこと俺は遣ってきたものなあ…。遣りたいことを。
いつか、こうなっても可笑しくないことを、俺は遣ってきた。
いやさ、ずっと想ってたんだよ俺は。なんで俺以外の人間たちがさ、続々と殺されたり、死んだりしてゆくこの世界で、俺っていう何でも好きなこと遣ってきた人間が、まだ本当にヤバいことにはなってないのかなって。
いつか、こうなるって、何処かで恐れてたのかなぁ。
それが、叶っちゃったんだ。叶えられちゃったんだ。俺の潜在的恐怖が。
…。しかし此処は何処なのだろう?
ツリは、独り言をずっと喋って気を紛らわそうと必死だったが、いよいよ、堪え切れなくなり、不安が暗黒のコクーン(cocoon)のように、ツリを覆ったのだった。
目の前が、薄暗い感じだったのが、真っ暗になった。
嗚呼、俺とうとう、死ぬのか…。
誰かに、殺されるか、このまま、死ぬのかな。
助けてくれる奴、誰もいないのか。
俺みたいな人間、命懸けて助けてくれる奴、いないよなぁ…。
嗚呼、そういやあの娘、俺に”死の同志”だなんつった、はは、こず恵は…どうしているのだろう。
彼女、俺のストーカーになって、本当に俺の家にいつか遣って来るんじゃないかって想ってたんだがなぁ。
一向に、来ないんだよな。つまらんことに…。
死の同志とか、大層なこと言っておきながら、そんなもんなのか。
まったく、根性のない女だよ。俺を殺す勢いでさ、俺を殺すほどにさ、俺を愛してみろっつうんだよね。
死の同志だなんて言うならね…。
俺を、助けてくれないのか…。こず恵も。
ツリは、魂の底で、こず恵を、死の同志であるその彼女を、呼んだ。
その時である。
眩しい光の漏れる、ドアの隙間が開き、ドアが、閉められた。
何処かの角に、蝋燭の火でも灯ったかのように、部屋が、少し明るくなったような気がした。
ふと、気づくと、ツリの目の前、ニメートルほど先に、こず恵が、白いレース生地の花柄のミニワンピースを着て、神妙な顔で、彼を見つめて立っていた。
ツリが、驚いて、黙っていると、彼女は哀れむ顔をして言った。
「ごめんなさい…。」
ツリは、彼女に深く、息を吐いたあと応えた。
「やはり…貴女だったか…。」
彼女は、黙っていた。
その憐れむ顔は、何処か微笑んでいるようにも観えた。
ツリは、優しく、「おいで…。」と彼女に言った。
彼女が、涙を、絶え間なく流し始めたからだった。
ツリは、人相は、悪いが、本当に情に弱い、人情深い男なのだった。
彼女が、哀れで可哀想でならなくなったので、優しくしてあげたいと素直に想ったのだった。
でも彼女は、まるで一度、幼いときに父親に棄てられた娘のように、緊張してツリに近づくのを拒んでいた。
だから、ツリは、もう一度、ツリのなかに存在し得る、慈悲を最大限にした声で、彼女に言った。
「こず恵…。おいで…。」
すると、彼女は、不安げな顔のまま、つたたたたたたん。と、幼女のようにツリのもとへ駆け寄り、ツリの膝の上に、ちょこなんと痩せ細った身体を横にさせて載ったのだった。
ツリは、笑うのを我慢した。
堪えながら、優しく彼女に微笑みかけて、黒く、丸い目をして見つめる彼女を見つめ返した。
すると、初めて、彼女はツリに、恥ずかしげに微笑み返した。
ツリは、彼女が最愛の亡き父と、自分を重ねていることに気付いていた。
彼女の父親が、まるで自分のせいで死んで、父親がすべてであった彼女も一緒に死んだのだと、責められ続けて来たことも気付いていた。
ツリは、彼女に対し、潜在意識で深く罪悪心を懐いていた。
Twitterで、彼女が自分に対し厭味を言い始めた時、いよいよ始まったかと想った。
積年の、愛憎による呪詛の始まりが、とうとう始まったことを知り、ツリは居た堪れなくなり、ツリは、彼女を仕方なくBlockした。
彼女は、自分に対して、理想の父親であって欲しいのである。
何故ならば、彼女は理想の父親と、理想の母親をしか、この世に求めてはいないからだ。
でもそんなことは、到底、無理な話である。
一体、どうやって、他人である男が、彼女を無償の愛で愛し続けることができるというのか。
ツリは彼女の本当の欲求に、何も応える気はなかったし、応えられることは何もないことを知っていた。
此処に存在している虚しさを、彼女も、ツリも感じていた。
彼女は、自分に対して、殺意以上の、恐ろしい感情と念があるのも、ツリはわかっていた。
でも、どうだろう。今、実際にこうして彼女に拘束され、頭蓋骨も多分、陥没させられ、血が、だらだらだらだらと流れ続けて来るなかに、彼女を(心のなかで)抱っこして、ツリは観念しているのか、変な安心を感じているのだった。
嗚呼、きっと俺はもうすぐ死ぬのだろう…。
彼女は、俺の頭蓋骨陥没に、当然、気付いているはずなのだが、一向に、応急処置をしようともしないじゃないか…。
そんな自分の悲しみに彼女はエンパスなので、すぐさま気づき、ツリを睨みつけた。
嗚呼、俺は睨まれている…。蛇に睨まれたる蛙の如きツリは彼女を深い眼差しで見つめて言った。
「だいぶ…朦朧としてきたよ。こず恵…。俺の命も、もうすぐ事切れるのかもしれない。」
彼女は、ツリの陥没した頭の肉の割れ目を観て、ツリに向き直るとホッとした顔で微笑んで言った。
「大丈夫。ツリ。生きてるよ。」
「…。」
話が通じてるのかな…この娘(こ)…。
ツリが、絶望の闇のなかで煩悶していると、彼女が、急にツリの膝の上でもじもじとし始め、何かを自分に要求していることに気付いた。
ツリは流れ落ちて来る血に、目を瞬かせて血の涙を流して訊ねた。
「何かして欲しいことがあるの?言って御覧。後生だからね…。」
すると彼女は、恥ずかしげに身をくねらせながら、頬を赤らめて、幼女のようにツリに向かって囁いた。
「パパ…。キスして…。」
ツリは、生唾をごくりと飲んだ。とうとう、来たか…。これはただのごっこではない…。
もう本当に、死ぬな…。俺、死ぬわ…。ツリは、自分の意識が薄れて行きそうな気がした。
嗚呼、もう本当に俺は死ぬよ。死ぬなら…最期に、彼女の望みを聴いて死んでやろうじゃないか…。
ツリは、彼女にそっと、父親のようにキスしてあげた。
すると、嗚呼、どうしたことだろうか、こんな死の間際に。
ずっとEDだったのに…。ツリは自分の陰茎が激しく勃起して、彼女の太腿に突き立てていることに気づき、興奮した。
ツリは、彼女と激しくキスし始めると、舌を彼女の喉の奥に突っ込み、自分の熱い血を彼女に飲ませた。
そして、もう堪らなくなったので、彼女に懇願した。
「こず恵…。縄をほどいてくれ。」
彼女は、不安で仕方ないという顔をして、ツリを見つめると、首を横に振った。
ツリは、倒れそうな感覚のなか、彼女に言った。
「こず恵を、この手で強く抱き締めたいんだよ…。」
彼女は、目を伏せ、涙を流した。
ツリは彼女の涙を舐め回し、勃起した男性器をぐりぐり彼女の女性器に激しく擦り付けた。
彼女も、激しく欲情し、小さく喘ぎ始めた。
あまりに激しく、ツリの身体に寄り掛かってくる為、椅子が後ろに倒れ、後頭部をしたたか打ち付け、ツリは衝撃で少しの間、気絶した。
そして、気絶から目が醒めると、縄はほどかれており、ベッドの上に、横たわっていた。
彼女が、幸せそうな顔で自分の身体に抱き着いて、寝息を静かに立てて眠っていた。
白いシーツが、殺害現場のように、真っ赤に染まっていた。
俺の血、全然止まる気配がないじゃないか…。
ツリは、何を想ったのか、側にあったデスクの上に、カメラを見つけると、彼女の着ている自分の血で染まった白い花柄のレース生地のミニワンピース姿を、その血のなかで、死んでいるかのような彼女の姿を、死体として、撮影し始めた。
そして、次は脱がして裸にすると、カメラを手に取ったが、ツリは、深い溜め息を吐いてカメラをデスクの上に戻した。
彼女は、静かにまだ、眠っている。
ツリは、死体を犯すように、彼女と交わった。
絶頂に達する瞬間に、彼女は息を吹き返すかのように息を深く吸い込んで目を覚まし、彼を見つめた。
自分の頭から流れ滴る血で、彼女の顔もまた、血だらけであった。
ツリは、もうすぐ、世界は終わることを知っていたが、彼女の目を父親のような眼差しで見つめ、静かに言った。
「こず恵、今から俺とこず恵の、結婚式を挙げよう。」
彼女は、本当に幸せそうに、微笑むと、うんと、頷いた。
そして次の瞬間、自身の背中に手を伸ばすと彼女はツリの額に銃口を突き付け、黒々とした目で言った。
「もうすぐ、生まれる。わたしたちの愛する子が…。」
彼女はトリガーに指を当てた。
ツリは、涙を湛えて絶望した美しい顔で彼女を見つめながら「何故なんだ…。」と言いかけた。
言い終わる前に、彼女はトリガーを引き、ツリは衝撃で後ろに激しく倒れる形で頭部と上半身を跳ね上がらせた。
だが、彼女を覆うように身体を載せている状態だった為、バウンドして彼女の身体の上に激しく倒れ込んだ。

約一月後、ベッドの隣で眠る腐乱死体と化した彼の頭部の腐肉のなかに手を突っ込み、彼女は彼の頭蓋骨を取り出すと、湯船に溜めていた温かいお湯のなかで綺麗に洗い、すべての醜く穢れた肉を洗い落とした。
そして彼の死体の隣で、赤子のように彼の白白とした頭蓋骨を胸に抱いた彼女は横たわると、此の世の何より幸せそうな優しい顔で眠る髑髏を見つめ、彼女は幸福に満たされながら言った。
「これは、わたしの愛する子。わたしの、死の息。」


























oOoOO - Starr


























ツリの煩悶地獄 四

ツリは、彼の命懸けで撮り続けて来た死体写真集、『THE DEAD』 の刊行に寄せての言葉のなかで、こう述べていた。







「世界は残酷だ。

 それでも世界はやはり美しい。」






僕は、そんなツリに、昨日、Twitterのダイレクトメールで、こう問うた。

ツリの愛する人が、こんな最期を迎えても、「世界は美しい」と、言えるのですか…?と。

















しかし、わたしはツリから、とうとう答えて貰わぬ内に、アンフォローされてしもうた。
理由は、ダイレクトメールによる「私信の濫用」であるようだ。
わたしは昨夜、朝から夜までずっと、酒を飲んでおった。
昨日はわたしの愛兎、みちたの、一回忌であった。
とにかく、ずっと飲んでいた。何も、何も、何もしたくなかった。
何もしたくなかったから、愛する死の同志であるツリに、何度と切実に話し掛けた。
酩酊状態で、何もしたくなかった。
僕のメッセージをスルーし続けるツリに、僕は切実にこう厭味を言った。
『自分のドウデモイイツイートはするのに、わたしの切実なメッセージは読んで戴けないのですね。』
ツリは、いい加減、怒(いか)った。
「一度冷静にご自身の書き込みをかえりみてもらえますか? 
その上で、これ以上分をわきまえないようでしたらブロックするしかありません。
私信を濫用しないでください。
ただそれだけです。
僕はこう見えても忙しいんですよ。」
と優しく言いながらも、心では、想い切り、ムカついていた。
僕はツリと、その後、約一時間ほどかけて少し会話したのち、9人おったフォロワーの、ケロッピー前田氏を含む、8人全員を、アンフォローさせた。
そして、嬉々として、ツリに、言った。
「フォロワーがツリだけになった!」
数秒後、ツリは、僕を無言でアンフォローした。(僕は謝罪の言葉を一言も言っていない。)
僕は、絶望にうちひしがれ、ツリを、罵りたくなった。
寝ても、目が醒めると、ツリに対する悲憤と不満が溢れてきて、とうとう、ツリに電話を掛けた。
留守電やった。
僕は、緊張しながらも、絶望と悲しみとアルコールの残留で朦朧としながらも留守電にこう遺した。
「何故、教えて、戴けなかったのでしょうか...?
 何故、釣崎清隆氏の、撮ったアダルトビデオを、どうしたら、観れるのか?
 という質問に対し、答えて戴けなかったのでしょうか...?
 良ければ、御答えください。ガチャっ。」
そう必死に、蚊の哭くような声で、きれぎれに言って、携帯の受話器を置いた。
ツリから、電話は掛かってこない。
彼は、僕に対して元々、真摯に向き合いたいという気持ちが、あらへんのです。
いいえ、彼は、根源的に、人を、愛せないのです。
だから、「世界は美しい。」と、言って退けるのです。
違いますか?
ほとんどの人は、生きたまま解体された動物の惨殺死体を喰らいながら、笑ってる。
その世界を見ても、「世界は美しい。」と、言えるのは、ツリが人を愛せない人間だからなのです。
愛していないから、別に、人が、誰が、地獄に堕ちようとも、ドン底に突き落とされようとも、
拷問を受けて死のうとも、ええのですと、想っとるのです。
違いますか?
卵を大量生産する為に、雄のひよこは全員、






このように毎日、毎日、大量に生きたままミンチにされている。
それを観ても、ツリは、言うのデス。
「それでいて世界は美しい。」
レンダリングプラントで、瀕死の牛や馬がブルドーザーで運ばれてきて、丸まま巨大撹拌機に投げ込まれ、そのなかで、地獄の底からの悲鳴と絶叫を上げる者がいようとも、









ツリは、言うのデス。
「世界は美しい。」
生きているのに、手脚を切断される人間と動物が、なくならないこの世界を見て、ツリは、それでも言う。
「世界は美しい。」
ははは、そうだよ、ツリ、貴方にとっては、世界は美しいのDEATH 。
人を、動物を、愛せない貴方にとって、世界は本当に、美しいのDEATH 。
耀いているのDEATH 。キラキラ光り続けていて、眩いのDEATH 。
目が眩むほどに。
貴方の愛する娘が、家畜の如くに、レイプされ、生きたまま解体されるか、生きたままミンチにされようとも、世界は光り耀き続け、眩むほど、美しいのDEATH 。
嗚呼、そんな人間が、この世界にどれ程いるだろうか...!
20代で、スプラッターポルノ・SM・レイプ物のAVを監督し、その後、四半世紀も死体写真を撮り続けて来た男が、普通であるはずがないやろう。
普通の感覚で、人間を愛することなんかできないのDEATH 。
狂気も病気も、とうに超えてしまっているんDEATH 。
普通に人間を愛せないのDEATH 。
人間を苦しめることが、人間を地獄に突き落とすことが、ツリの人間に対する愛なんDEATH 。
ははは、僕は、最初の最初から、それに気づいていたんDIE 。
そうでなければ、僕はツリを、愛さなかった。
僕はだから、ツリが、本当に、どうしようもないほどに悲しくて、美しい存在であると、確信した。

僕なんだよ。
俺なんだ。

わたしは、人間を、愛せない。

だれも、愛せない人間DEATH 。

愛する貴方と同じに。








「世界は残酷だ。

 それでも世界はやはり美しい。

私はただひたすら美に殉じたいと願うばかりだ。」

釣崎清隆







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ツリの煩悶地獄 三


漸く、わたしは時間を遡り、時間を止めることのできる能力を、覚えることに成功した。
そして、わたしは彼らを、助けに行くことにした。
一緒に来てくれないかと、わたしはツリに言った。
ツリ以外に、頼める人はいなかった。
彼は、三日間の間、沈黙した。
だが、四日目の朝に、彼はそれを承諾し、一日でわたしたちは準備をし、時間を止めたその当日のイラクの地に、降り立った。
わたしたちは時空を超え、彼らがショットガン処刑を受ける0,001秒前に、彼の前に降り立った。
イスラム国の黒い覆面を着けた男に、ショットガンの銃口を顔面に突き付けられている美しい若い青年が、跪かされて地を見つめ、手を後ろで拘束されている。
他にも同じ赤い服を着せられ、2人の男が並ばされて跪かされていた。
彼が顔面を激しく破壊されて銃殺処刑される0,001秒前、彼の額の前に擦れ擦れで、銃弾が中空で止まっている。
僕とツリは顔を見合わした。
僕らは、過去に来ている。
もう何年も前に、彼らは、人類史上、最も残虐な方法の一つで、殺されたのだ。
でも僕らは、こうして過去に戻って来れることができた。
僕は、その彼の美しい顔を見るに堪えないものにしたその銃弾を、指でつまんでポケットに入れた。
その銃弾は、摩擦で、燃える火箸のように熱かった。
ツリは僕の手を掴んで見た。
だが何も火傷しておらなかった。
時間が止まっている為に、本当の熱さではないからだろう。
僕は感覚だけを、感じた。
さあ、早いところ、連れて帰ろうよ。
僕は深い息を吐き出すように力なく言った。
ツリは僕に訊いた。
何処に連れて帰るんだ。
僕はツリの悲しい目を観て言った。
この国やこの国の近くにおらせとったら、また捕らえられて、処刑されてしまう可能性があるだろう。
だからやはり、僕らのいる時間、あの日本に連れて帰るのが良いと想うんだ。
彼処におれば、イスラム国が遣って来ることはないだろう。
ツリは、溜息を吐いて言った。
殺される運命に在る者は何処に行ってもいつか殺されるのではないか。
君も言っていたじゃないか。
これは人類の罪による”犠牲”なのだと。
では彼らが殺されなかった場合、その犠牲は一体誰が代わりに払うんだ。
僕は充血する見開いた眼でツリの眼を見つめて言った。
決まってるじゃないか。僕とツリだよ。
僕らが彼らの身代わりになる為に、今、僕とツリは此処にいるんじゃないか。
他の誰かを身代わりになんてできないからね。
何なら、ツリ一人だけで彼らを日本に連れ帰ってくれよ。
僕一人此処に残って、イスラム国の男たちに時間を戻したあとにこう言うんだ。
悪いが彼らを殺させるわけには行かない。
その代わり、僕を好きなようにレイプしたあとに殺せば良い。
僕はきっと彼らに良いようにされるだろう。
彼らは顔を見合わし、驚いて困惑しながらもニヤニヤして嗤っている。
この男たちは、自分がこれから何をするのか、全くわかっていないんだ。
僕はその場に跪いて手を後ろにし、処刑される姿勢で叫んだ。
神よ…!あなたの御心が、成就されんことを…!
ツリは話を聴いていなかった。
さっさと彼らの拘束具を外し、彼らを起き上がらせ、憂いのたっぷりと籠もった表情で僕を正面から見つめて突っ立っていた。
そして少し鼻で笑うと優しい顔で言った。
さあ、日本へ帰るか。時間が戻らない内に。
僕は、心底、ホッとした。
ツリは僕を起き上がらせ、捕らえられていた三人の男と共に日本に戻って来た。
彼ら三人は、日本語がわからないし、英語も知らない。
各々に、彼らは自分の国の言葉で僕とツリに向かって、あらゆる言葉を話した。
一体、此処は何処なんだ?
何故、僕たちは、此処にいるんだ?
あなたがたは、一体、誰なのだ。
何を僕たちに、するつもりなんだ。
僕たちは、さっきまでイスラム国に捕らえられて、ショットガン処刑を受けるところだったはずなのだが…
あなたがたは、僕たちを助けてくれたのか?
どうやって助けたんだ?
あなたがたは、超能力者たちなのか?
それとも、此処は、夢のなかなのか…?
此処は、ツリの部屋で、外は嵐が過ぎたあとでどんよりと曇っていた。
僕はツリの部屋にあった赤ワインのボトルと、グラス5つと、豆おかきを持ってきて彼らの座る前の床の上に置いて、赤ワインをすべてのグラスに注いだ。
そして彼らの手と、ツリの手にグラスを渡し、みずからもグラスを手に持って言った。
今日は、神に祝福された日だ。
神の血を、一緒に飲もう。
僕は、涙を流していた。
僕は、先に自分だけ赤ワインを飲んだ。
すると安心してか、彼らもそれを飲んだ。
最後にツリも、飲んで豆おかきを食べた。
僕らはみんなで、言葉も通じないのに、気づくと微笑み合って、ホッとした気持ちでお酒を共に飲んで、共に豆おかきを食べた。
この日、何かが始まったんだ。
この宇宙で、死が、何かを産み落としたんだ。

翌朝、雑魚寝している皆のなかで一人起きて、美しい僕の愛する彼が、僕を起こして、寂しそうな顔で言った。
「故郷へ帰りたい。一緒に、帰って欲しい。僕の家族が、君を祝福する。」
僕は涙を流し、彼を優しく抱き締めて言った。

でも、観て御覧よ…。
僕は部屋のカーテンを開け、彼に外を観せた。
この世界。
このツリの部屋以外に、何一つ、存在していないよ。
もうみんな、すべて、滅び去ったあとなんだ。
今日は、2025年10月10日。
君が殺されたあの日から、十年、経ったろうか…?

























ツリの煩悶地獄 二

わたしは愛するツリと、本当に、
SEX蛾死体DEATH。」

と、とうとう一線を越えた言葉を、私は危ない気狂い系の熱烈なふぁんの女性から、Twitterのダイレクトメールで告げられてしまつた。
うーん。また、この糞忙しいときに、ファンと見せ掛けたアンチツリによる嫌がらせではあるまいな...?
私は今、急いで脱稿せんければならぬ執筆に気が気でならず、筆が進まぬ気晴らしにTwitterをちょいと触ればこの在り様。
怒濤のように私に対するこの女性からツイートとDMが送られてきよるから、どうしたものかな。
この女性はもしかしてアレなのかな、私を脱稿させたいのではなくて、脱肛させたいのかな?
本気なのであろうか?
私から返信がなくて苦しいのだと言われても私も今、私のあらゆる苦しみに苦しんでいて、もう何をどうしたら、何をどう着たら良いのか分からず、ステテコを頭から被ってみたものの、そんなことをしても、何一つ、筆は進まなかったではないか。阿呆たん。
それで、一体にこの女性は私に何を求めているのかと想っていたら、今日の午後、こんな言葉が彼女から届いたのである。

「僕は愛するツリと、本当に、
 SEX蛾死体DEATH。」

一体、何なのだ。これは。
おちょくっているのか、この私を。
死体写真家として死体で飯にありついてきた私に対する嘲りと愚弄と憫笑と陵辱なのか。
私は、深い深い溜め息を吐き、目を閉じた。
うーん、目が、目が、じんじんするな。
そして疲れて憑かれて私は横になっていた。
す、る、と、闇のなか、彼女が、私に向かって言った。
これは、暗号だよ。大事な暗号なんだと。
私は夢と現実の合間で、闇の内側から囁く彼女と共に、この暗号を解き始めだす。
""の形を見つめてごらん。
これは...。
あっ、これは...。
そうだよ、真っぷたつに、されてるでしょう。
永遠のマーク、無限の印が。
を、縦にして、真っぷたつに切断すると、になるんだ。
あっ、本当。これはすごい発見だ。
次行こう。
早いな、おい。
次はなに?
次は""だよね。
あっ、早くも、わかった。
何?
これも真っぷたつにしてるんだね。
と言う字を。
そうだよ!
日本が真っぷたつにされるという預言だよね。
違うよ。
違うんか。
日は、太陽だ!
太陽が、真っぷたつにされるのか。
そうさ、光のもとが、二つに切断され、分かれるんだ。
これは詩的だ!
では次行こう。
もう行くのか。
次は、""!
見つめてごらん。
ピラミッドの上に逆ピラミッド乗っかってる!?
土台と天井の線がないやろ。
ないね。
わかったぞ!
なんだ?!
傾けた十字架だ!
ツリ!その調子!
イエスが磔にされている十字架が、傾いてるのがなんだ!
素晴らしい!
でも、何故に傾いてるの...?
土壌がワヤやから?
ちゃんと深く地に、突き刺さんかったから?
これは、イエスの心境が表れているんだ。
人は、恍惚の時も、地獄の時も、傾くんだ。
...。
立っていられないんだよ、真っ直ぐに。
もうぐらぐらで、どっかのおっさんに肩ちょっと当てられただけで、倒れそうになるほど、グラグラヤネン。
で、ワレどこ見てさらしとんねん。ゆうておっさん傾いてた十字架を振り返る。
つとそこに、傾いとった十字架あったはずやのに、見たらあらへんねん。
おい、ワシ、幽霊でも見よったンけ、キリストの亡霊見てもうたんけ。縁起ええんかよおないんか、わかりまへんなあ、正味。ゆうて、まあ気ィ取り直して一杯道頓堀で酒飲んで帰ってこましたろ。ちゅて、おっさん、去(い)んで(去って)もうてんね。
...何の話...?ツリ...。
あっ、聴いてた?私、寝てた...。  
おい...大丈夫?ツリ...心配やね。 
あなたがゆうな。 
では、次、行って、こましたろ。
throughか!
次は、""!
これは昆虫の蛾の字やんね。
せやで、よう見ておくんなっしゃ。
うー。うー。うー。
何?
うーぱーるーぱー?
違う!わかっちったぞ!
なんだよ。
虫編に、(われ)と書いて、やないか!
そう。
あれ?そるで、それで終わり?
終わってへんが!
終わってへんがか!そらすまへなんだ。
知らんのか、あんたさん。
何のこと?
あの、戦慄の、実験を。
何?それ、怖そう...。
ぼくさ...。
どうした。
ぼくさ、最近、遣っちゃったんだよな。
何を遣っちゃったんだよね、あなた。
だからさ、アレ、だよ。
ドレ、だね。 
だから...ぼくさ、前にとうもころし買ってきてン。
とうもろこし🌽ね。
とうもころしの先っちょ、切ってンね。
カスカスやったさかい。
ふんだらね、
踏んだのか。
踏んでへんよ、ふんだらね、
ほいだらね、ほたらね、...切断してもうてん。
ともうころしの先を?
ちゃうよ、そんままやないか!
蛾の蛹をだよ...!
マジか...!
知らんかってん。ほんまぼく、知らんかってん。真っぷたつに、蛾の蛹、ちょんぎってもうたんや。
ふんでどうしたんだ。
ふんでね、二つに分かれた上半身と下半身を、くっつけたんや。
くっつけて、くっつくのですか。
死への羽ばたき」というアメリカの昆虫学者カロール・ウィリアムズ博士が
1942年に行った実験について、調べてみようでは、ないか。
(蛹の正面の構造が人間のペニスとヴァギナを合わせたような形であることにも注目しよう!)
うむ…。








horror-pupal-test


①は完全なサナギである。
②は半分に切って、それぞれの断面にプラスティックをかぶせた。
③は切り離したサナギの前後を、プラスチック管で連結したもの。
④は前後を連結してあるが、管のなかには可動の球が入れてあり、両者の間に組織が移行しないようにしてある。





一ヶ月後


horror-pupal-test5


①は普通に変態し、ガとなった。
②は前半の部分だけが変態し、後半部はそのままだった。
③は傷が回復し、ホルモンが流れるように管のなかに組織が橋渡しされて、前半部も後半部も変態を起こした
④は可動の球が組織の発達をさまたげて変態が起こらなかった。

死への羽ばたき


horror-pupal-test6


実験の最高潮である死の飛行

前と後ろの両部分とも変態した③のサナギは

羽化して蛾となり翅を羽ばたかせて、飛び立とうとした。

しかし、プラスティック管内で発達した弱い組織はすぐに切れ、

蛾は地に落ちて死んでしまった…


僕が、アワノメイガの真っ二つにしてしまった上半身と下半身の蛹をくっつけて、固定させ、
何が何でも羽化させようとしたのは、
今でも、本当にDangerousな実験だったと感じている。
でも、もし、無事に成功したならば、彼(彼女)は、夜の大空へと、羽ばたけたはずなんだ。
死への羽ばたきではなく…。
一体…そのアワノメイガの蛹は、どうなったの?
残念ながら、白い黴がほっわほっわ生えてきて、放っといてたらカッスカスになってしまったよ。
……。
つまり、実験は、失敗に終わった…。
彼(彼女)を、羽化させることが、僕にはできなかった。
そのことが、心残りなのかね。
…。違うよ、死と、蛾は、かけ離れていないんだ。
どういうことだね?
つまり…人間もまた、”死への羽ばたき”をする可能性のある実験として、
この地上に生まれてくるんだよ。
……。
僕らは皆、自分自身を、実験しているんだ。試しているんだよ、常に。
なるほど…そういうことか。
どこまでの恐怖に堪えられるのか?どれほどの痛みに、苦しみに、悲しみに、堪える力を身につけられるのか?
どんなに深い愛で、他者を、我を、愛して死んでゆけるのか?
すべてを愛せるのか?
愛することのでき得る者だけをしか、愛せないのか?
すべてを、本当にすべてを経験する為に、僕らは自分のこの不自由と感じる肉体の、この狭苦しく、暗い殻のなかで、ひっそりと息衝きながら、夢を、抱いて眠っているんだ。
ある者は、へと羽ばたき、死んでしまう。死体と化してしまうんだ。
でもある者は、何処かへ羽ばたいて、飛んで行ってしまう。
自分でも何処にいるのか、わかってないんだ。
ずっとずっと地の上を這い続けて、一度も羽ばたかずに、事切れる者もいる。
何がで、何がでないのか。
最早、僕たちはわからない。
そのすべてを表現した言葉が、
SEX蛾死体DEATH。」
この暗号の意味を、僕は決して、忘れないだろう。

























ツリの煩悶地獄 一

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見よ。この、美しき、悲し気な慈悲の眼差しを。
一心に、彼は何かをずっとずっと見つめている。
全人類が、彼の命懸けで撮った写真を、見つめ続ける必要がある。
何故なら、彼は、一体、何を撮っているかというと、一体全体、何を25年も撮り続けて来たかというと。
御覧なさい。
あなたには、見えないか。
彼が、何を見つめているのか。
彼は、一つのものをしか、撮り続けて来なかった。
彼が、命を惜しまずに、また、拷問の地獄に怯えることもなく、
世界各国の犯罪現場、危険地帯で撮り続けて来たものとは、そう。
何も隠す必要はない。
死体である。
人間の死体を、彼はずっとずっと、撮り続けて来た。
世界を渡って、死体だけを撮り続けて来た男。
この世界で唯一無二の存在。
死体写真家、釣崎清隆。愛称、ツリ。
人々は、彼の撮った写真を初めて観たとき、アッと心のなかで声をあげて驚く。
これは、死体ではないか。
何だって?死体を撮り続けて来た男が、この国におるだって?
信じられないよ。本当なの?嘘じゃないの?嘘だと言ってくれないか。なぁんて、ね。別にそんなこと、俺にはどうだって良いよ。
こんな気色の悪いものを、あえて観たいなんて想わない。
吐き気がする。
気味が悪い。早く、その写真、何処かへ遣ってくれないか。
俺は見たくないんだよ。
だってすべての人間が、これに辿り着くんやろう?
キモいっすね。
いや、マジで。俺たち全員、こんなんになるんだね。
マジで、キモいよ。
生きてる意味在るのか?俺たちは。
最後はこんなに、醜いものになるのに。
生まれてくる意味があるのか?
だからさ、例えば交通事故の死体とか、本当に一度、一瞬でも観ただけで、
人間の一生のトラウマになるその死体に、俺たち全員、なる可能性のある世界なんだっつってんだよ。
わかってんの?
子供、産み落とすなよ。もう。
これに、この、この世で最も最悪な代物に最後にするために、人は自分の子を、
自分の子を最も愛して育て、本物の死体から、目を背け続けてるじゃないか。
発狂してる?
洗脳されてんのか、何者かに。
オウム真理教みたいなカルト宗教に、人類のほとんどが、洗脳されとんのか。
違うなら、何故、死体を見つめないんだよ。
可笑しいぢゃないか。
なんで毎日、死体を喜んで大量生産しているんだ。
死体に、するためだろう?
本当の絶望を自分と、人間に与えてくれる死体にするために、自分の愛する子どもを、
グロテスクな死体にするためにだろう?
違うって言うのか?
死体を観て、何を想うんだ?
気持ち悪い?
観たくない?
可哀想?
自分はこんな死体にはなりたくない?
お前だよ。
お前の姿だよ。
お前の死体が、お前が食べるその死体が、お前の姿だよ。
そんなに、キモいか、お前の食べ物と、お前自身が。
お前が殺したんやないか。
お前が食べる為に、お前が味わって食べるために、お前が、生きたまま解体して殺害したんやないか。
どの、人間の死体よりもグロテスクなそのスナッフフィルムをお前自身が喜んで撮り続けてるのも同じやないか。
お前の腹ン中で、お前と、お前の子どもが、生きているうちに解体されて惨殺されているその殺害シーンと死体の映像が無限に、回り続けとんねん。
わかってんの?
お前は自分自身と、自分の子どもを大量に殺戮し続ける為に、
死体を大量生産してきたんだよ。
俺は今、その無間地獄を、ずっとずっと、見つめてるんだよ。
顔を顰め、堪え難い苦痛を感じながら、此処から。
この、俺の足の脛まで、既に完全に浸かってしまっている、脂肪とぐちゃぐちゃに混じり合った、すべての人と動物の死体からずっとずっと流れ続けている血溜まりの上で。


























No one but us who knows our secrets can no longer live.

A living corpse, a dead survivor, and Jehovah, the blind Almighty God that can exist in a place that does not exist anywhere.
生きている死体、死んだ生存者、そしてどこにも存在しない場所に存在できる全能の盲神、エホバ。

She left home when she was 24.
彼女は24歳のときに家を出ました。

And when I was 38, when I came home, her entire family was slaughtered.
そして私が38歳のときに家に帰ったとき、彼女の家族全員が虐殺されました。

Her judgment is truly correct. She lost consciousness and erased her memory.
彼女の判断は本当に正しい。彼女は意識を失い、記憶を消した。

It did not occur consciously, but naturally within her brain.
それは意識的には発生しませんでしたが、彼女の脳内で自然に発生しました。

She was sitting on a chair in the dining kitchen when the man who killed the slaughter came back after forgetting to see what to check.
食肉処理場の椅子に座っていたのは、と畜場を殺した男が何をチェックするか忘れて帰ってきたとき。

It was past three o'clock in the middle of the night. She sat quietly in the pitch-black room.
深夜3時過ぎでした。彼女は真っ暗な部屋に静かに座った。

When the man noticed "it", he approached with his muzzle at her face, but she remained still, staring at a point on the wall.
その男が「それ」に気づいたとき、彼は彼女の顔に銃口を持って近づきましたが、彼女は壁のある点を見つめながら、じっとしていました。

There was a candle on the table. The man lit it with a lighter.
テーブルの上にろうそくがありました。男はライターでそれに火をつけた。

The man intended to kill her. It was a command from "above" and it was not allowed to disobey it.
男は彼女を殺すつもりだった。それは「上」からの命令であり、それに従わなかった。

The 24 beliefs and commandments (commandments) towards "theirs" by the beings of the higher ranks of the dark organization are:
暗い組織のより高い階級の存在による「彼ら」への24の信念と戒め(戒め)は次のとおりです。






1, The person below cannot know the reason for killing by the command of the upper layer.
1、下の人は上層の命令で殺害の理由を知ることができません。

2, "Why do you kill me?" There is no one who can give you the answer. Everywhere.
2、「なぜ私を殺すの?」答えてくれる人はいません。どこにでも。

3, No "face" should be present to those who work under our organization.
3、私たちの組織の下で働く人々に「顔」が存在するべきではありません。

4, because the existence of "individuals" is only a hindrance for us to continue working obediently.
4、「個人」の存在は素直に仕事を続けていく上での障害に過ぎません。

5, They all wear white cloth masks with only the eyes and mouth open. Underneath that mask, I wear another mask from the "first" that has a structure that cannot be undressed by myself.
5、彼らはすべて白い布のマスクを着用し、目と口だけを開いています。そのマスクの下に、自分で脱がれない構造の「最初の」マスクをもう一枚着用しています。

6, they all don't know their faces. There is nothing that cannot be distinguished from other "they".
6、彼らはすべて自分の顔を知りません。他の「彼ら」と区別できないものは何もありません。

7, Who are they? It is unacceptable to keep asking yourself.
If they continue to do so, they will inevitably go mad by themselves, and they must be instantly erased by the existence of the organization.
(But the example doesn't exist yet.)


7、彼らは誰ですか?自分に問い続けるのは許されません。
続けてしまうと必然的に自分で怒ってしまい、組織の存在に一瞬で消されてしまう。
(しかし、例はまだ存在しません。)

8, They are the best "murder weapons" that exist.
Except for killing people, their existence value does not exist (must not exist).

8、それらは存在する最高の「殺人兵器」です。
人を殺すことを除いて、それらの存在価値は存在しません(存在する必要はありません)。

10, They do not have to choose the means to kill a person.
10、彼らは人を殺すための手段を選択する必要はありません。

11. A truly talented soldier must not have any special feelings or sensations in slaughtering a person.
11.本当に才能のある兵士は、人を虐殺することに特別な感情や感覚があってはなりません。

12, At the same time, don't be emotionless and numb like robots.
12同時に、ロボットのように無感情で麻痺しないでください。

13, The most important thing for Systematic to complete the mission of humanity's killing is the "human emotions and feelings" and the "ROBOT insensitivity and insensitivity" between the subtle and delicate feelings. It is a feeling.
13、システマティックが人類の殺害の使命を完了するために最も重要なことは、「人間の感情と感情」と、微妙で繊細な感情の間の「ROBOT鈍感と鈍感」です。感じです。

14, It must be beautiful, sophisticated and pure emotions and feelings.
14、それは美しく、洗練された、純粋な感情と感情でなければなりません。

15, They must, in all, transcend human beings and AI (artificial intelligence).
15、彼らは全体として、人間とAI(人工知能)を超越しなければなりません。

16, In terms of consciousness and ability, if you are not transcending humans and AI, then that person is not suitable for murder weapons. (In that case, they cannot avoid going to self-destruction themselves.)
16、意識と能力の面で、あなたが人間とAIを超越していなければ、その人は殺人兵器には適していません。 (その場合、彼らは自分自身を破壊することを避けることはできません。)

17, They must not have any consciousness or question that they are murder weapons (exist only as murder weapons).
17、彼らは彼らが殺人兵器である(殺人兵器としてのみ存在する)という意識や質問があってはなりません。

18, Because it is an idea based on negative energy that has very gravity, so it is for self-destruction.
18、それは非常に重力のある負のエネルギーに基づくアイデアなので、それは自己破壊のためです。

19, It is impossible for them to keep themselves unless they transcend the notions of good and evil.
19、彼らが善悪の概念を超越しない限り、彼らが彼ら自身を保つことは不可能です。

20, If they fall into human emotions, they must know that it is impossible to extinguish themselves from within and to revive themselves. (Don't let them ask themselves "whether or not they have a soul" from the so-called negative energy perspective above.)
20、彼らが人間の感情に陥った場合、彼らは自分を内から消し去ることや自分自身を復活させることは不可能であることを知らなければなりません。 (上記のいわゆるネガティブエネルギーの観点から、彼らに「魂があるかどうか」を自問しないでください。)

21, They must not desire both human emotions and sensations, and inhuman emotions and sensations.
21、彼らは人間の感情と感覚、そして非人間的な感情と感覚の両方を望んではなりません。

22, Neither they nor any human beings should know the true mystery of "we".
22、彼らも人間も「私たち」の真の謎を知らないはずです。

23, No one but us who knows our secrets can no longer live.
23、私たちの秘密を知っている私たちだけがもう生きられません。

24. It is because "existence" itself is unbearable (unconsciously, that is, pure energy, and even in ether, it cannot be endured).
24.「存在」自体が耐えられないからです(無意識に、つまり純粋なエネルギーであり、エーテルにおいてさえ、それは耐えられません)。





The man who slaughtered her family was born from the moment of her birth, as a being who understands all of the above within her own depths, so a candle is lit to kill her who survived. Then I saw her face.
彼女の家族を虐殺した男は、彼女の誕生の瞬間から、自分の深みの中で上記のすべてを理解する存在として生まれたので、生き残った彼女を殺すためにキャンドルが灯されます。それから私は彼女の顔を見ました。

A while ago, in the moonlight, her face had only a superficial shadow as a dark shadow, which was visible to the man's eyes.
少し前、月明かりの下で、彼女の顔には暗い影としての表面的な影しかなく、それは男性の目に見えました。

However, the beautiful light of the swaying flame did not reflect her face "humanly".
しかし、揺れる炎の美しい光は彼女の顔を「人間的に」反映していませんでした。

At the same time, it did not appear "corpse-like".
同時に、それは「死体のよう」に見えませんでした。

In the man's eyes, her face appeared to exist between "life" and "things," which was truly his first experience.
人間の目には、彼女の顔が「生命」と「もの」の間に存在するように見え、まさに彼の最初の体験でした。

A man has seen the mirror that reflects himself many times, but the man is his "faceless face" who is neither human nor life nor human nor life. I felt somewhere that it was an eerie existence that could not belong to.
自分を映す鏡を何度も見た男は、人間でも生命でも人間でもない「顔のない顔」です。どこかに所属できない不気味な存在だと感じました。

The man couldn't kill because he instantly knew she was what she wanted most.
男は自分が一番欲しいと思っていたのですぐに殺せなかった。

Even though "it" did not seem to be "live" or "dead," I felt that it was the most suitable being as "existence" than any other.
「それ」は「生きている」「死んでいる」とは思えないが、「存在」としては他に類を見ない存在だと感じた。

The man definitely had a lust for her, but he didn't know what was the ecstatic sensation that erupted from the bottom of his belly like a hot electric current.
男は間違いなく彼女に対する欲望を持っていたが、彼は熱い電流のように彼の腹の底から噴出した恍惚の感覚が何であったか知りませんでした。

Because she couldn't kill her for a mission, the man kept staring at an empty spot on the wall as a man stared at her, carrying her on his shoulder, leaving this terrible space, the back of the house She put her in the passenger seat of the car that drove her camping trailer that was parked at, and departed towards her premises.
彼女は任務のために彼女を殺すことができなかったので、男は壁の何もないところを見つめ続け、男は彼女を見つめ、肩に乗せ、このひどい空間、家の裏に彼女を置いた駐車していたトレーラーを運転し、敷地内に向かって出発した車の助手席。

Perhaps she was tired, and seemed to lie down in the passenger seat, lying down, sleeping with her eyes closed.
おそらく彼女は疲れていて、助手席に横になり、横になって、目を閉じて寝ているようだった。

The look of a masked man looking at her was really strange.
彼女を見ている仮面の男の姿は本当に奇妙でした。

The corpse rises from the grave, dies as a zombie, and then dies again.I believe that I'm alive.A dead soul is vaguely looking up at the pale sunrise sky in the dream bed. It was a naive look.
死体は墓から立ち上がり、ゾンビとして死に、その後再び死にます。私は生きていると信じています。死んだ魂は、夢のベッドの淡い日の出の空を漠然と見上げています。素朴な表情でした。

embraced her, who was gently sleeping, and laid her on a narrow bed on a trailer and hung a thin towel blanket.
夜明けに彼が宿泊施設に到着したとき、男は優しく眠っていた彼女を優しく抱きしめ、トレーラーの狭いベッドに寝かせ、薄いタオルケットを掛けました。

For three days from that day she did not wake up, but on the morning of the third day she woke up and awoke to the masked man sleeping next door, kissing her open mouth Said with an uneasy look.
その日から三日間は目覚めなかったが、三日目の朝目覚め、隣に寝ている仮面の男に目を覚まし、口を開けてキスした。

"Mom...Hug..."
「ママ...ハグ...」

The man was so excited that he was fainting with his overflowing lust and her loveliness, but when he hugged him tightly, she stared at him again.
男は興奮し、溢れ出る欲望と彼女の愛らしさに気を失っていたが、彼を強く抱き締めると、彼女は再び彼を見つめた。

"Mom... I finally met..."
「お母さん……やっと会った……」

The man nodded deeply, staring at her eyes.
男は彼女の目を見つめながら深くうなずいた。

Thus, a man who had to exist only as a "murder weapon" began to live with her as her "mother", who had killed all of his family and had lost all of his memory.
このように、「殺人兵器」としてのみ存在しなければならなかった男性は、彼女の「母親」として彼女と一緒に暮らし始めました。彼の家族のすべてを殺し、彼の記憶のすべてを失っていました。

At this time, the first unusual emergency meeting had already taken place between the upper layers of the organization.
この時点で、最初の異常な緊急会議はすでに組織の上位層の間で行われていました。

At the meeting, one being said,
会議で、1人は言われました、

"So I said, "You shouldn't have your eyes and your mouth." This kind of problem happened because it was true that they had their eyes and mouth. It is the cause."
「だから、「目も口もないほうがいい」と言ったのは、目と口があったのが本当だったからだ。原因だ」と語った。

One person objected to this.
一人がこれに反対しました。

"No, it's the correct structure. When you connect the two eyes and the mouth with a line, the shape of an inverted triangle ▽ will also appear on the surface and inside of their faceless faces. The energy body generated in the center It should allow them to survive as a new "New Human" being, neither human nor inhuman."
「いいえ、それは正しい構造です。2つの目と口を線でつなぐと、逆三角形theの形が顔のない顔の表面と内部にも表示されます。中央に生成されたエネルギー体は彼らが人間でも非人間でもない、新しい「新しい人間」として生き残ることを許してください。」

At this conference, the idea of ​​one person was finally passed with everyone's consent.
今回の会議で、ようやく一人のアイデアがみんなの同意を得て成立しました。

"From this point onwards it would be difficult to bring him back as a murder weapon only. Our important planning for the salvation of mankind is to reduce humanity on earth by our will. It is unforgivable for him to fail because of his own anomaly, and at an early stage, he will go to self-destruction, so we must not spare all our effort."
「この時点から、彼を殺人兵器として戻すことは難しいでしょう。人類の救いのための私たちの重要な計画は、私たちの意志によって地球上の人類を減らすことです。彼自身の異常のために彼が失敗することは許されません、そして、早い段階で彼は自己破壊に行くので、私たちはすべての努力を惜しんではなりません。」








material
https://blog.goo.ne.jp/amanenonikki/e/11399f2903baa7329e15a6f6e3029f53

















愛しいEさんへ

こんにちは。
突然、御手紙を書いたりしてごめんなさい。
どうしてもEさんに御話ししたいことがありまして。
御話と言いますか、御願いですね。
あのですね、率直に申しますが、
結婚して貰えないでしょうか?
というのは、後にしましょう。
ええっと、何を言おうとしていたのか、ちょっと忘れましち。
いや、ふざけているわけじゃないんですよ。
真剣な手紙なのです。
だからどうか最後まで読んでください。
あのですね、つまり簡略して言うと、わたしのホームヘルパーの担当の方を、是非ともEさんにして戴きたいなと想うのです。
それは何故かと言うとですね、Eさんが超絶男前だから...って今自分で想いましたね?
絶対想ったでしょう。
いやーやっぱ俺は超絶な男前だから、こうして女性の顧客から人気が凄いなあー。
俺ってやっぱモテるよなー。
どうしよっかなー、こんなにモテちゃって、ほんと引っ張りだこなんですよー。
だから貴女の担当に入れなかったんですよー。
って今想いましたね?まあちょっとこの言い方は貴方のキャラではありませんね。
確かにEさんは、すっごくカッコいいですよ。
貴方の仰有られる通りです。
其所さ否定しません。
ええ、貴方は、確かにハンサムボーイです。
初めて出逢った日の、あの瞬間、わたしの胸はときめき、そして貴方がわたしの担当ではないと知った瞬間、腑抜けのようになったほどでさァ。
それを証拠に、あのスーパーで買い物に出掛けるという話になったとき、わたしは「遠いスーパーの方が、色んな種類のものがふってる。」と言ってしまいましたよね。
そして俺は言ったあとに、あ、俺って言っちゃいましたがわたしは歴とした女です。
たまに一人称がころころ変わるんでさァ。
話を戻しますね。
そしてわたしは言ったあとに、半笑いで「"ふってる"やなくて"売ってる"。」って言い直しましたよね。
あれが、わたしが腑抜けて、魂がどっか飛んでって帰ってこなかった瞬間の記録です。
わたしはそれほど、貴方がわたしの担当ではないのだと知ったことの絶望感に苛まれたということです。
此処でまたEさん、貴方はこう想いましたね?
やはりか、やはり僕が、本当にカッコいい男だからか。
だからこんなに僕は女性を悲しませて絶望の底に突き落とさせ、そして『売ってる』と言うべき、発言するべきところを『ふってる』と言わせてしまうほどなのか...!
貴方は今、自分がそれほどの美男子であるということに胸を熱くさせていることでしょうね。
でもわたしは違うのではないだろうかなと考察しています。
Eさんは確かに水も滴り落ちるイケメンッツだ。
こんなにイケメンッツなホームヘルパーさんは、世界中探してもいるはずはないだろう。
そして彼は、とても爽やかだ。
つまりとても、好青年だ。
こちらの気持ちを自然と明るくさせてくれる。
それは彼の雰囲気が夏の陽射しの下で揺れる舞茸みたいな存在だからだ。
何故、舞茸なのか。
自分でもよくわからないが、何故か君は舞茸ではないかな?と今感じたのである。
君は絶世の、空前絶後の、未曾有の舞茸だ。
だからぼくを、こんなにも感動させ続け、そして淫らな妄想をさせ続けるのだ。
どんな淫らな妄想なのか、貴方は気になっていますね?
良かろう。
御話致しましょうではありませんか。
わたしが先程、貴方を想ってどんな如何わしい妄想を脳内で繰り広げ、悶えてしまったか...!
君は悪だ。だってぼくにこんな罪深き妄想をさせる存在なのだものね。
死んでしまえ。
今すぐ死んでしまえ...!
なんて想ってないので御安心ください。
どんな破廉恥な妄想をしたのか、今から御話致しましょう。
貴方は、急遽、配属が変わるのです。
そう、貴方は、わたしのホームヘルパー担当に変わるのです!
そして...貴方はわたしの家に遣ってくる。
一丁の拳銃と、ナイフを懐に忍ばせて...!
これであの女を脅し、あの女に、あれを...させる...。
その為にぼくはあの女のホームヘルパーに配属になったのだ。
ぴんぽォン。
女のマンションのチャイムが鳴った。
女はときめいてインターホンに出る。
「はい。」
すると例の爽やかな声でEは返答する。
「こんにちは。○○の変わりに配属になりましたEです。詳しくは後でお話ししますので、取り敢えずロックを解除してください。」
女は喜んでオートロックを解除して「どうぞ~。」と御機嫌に言って部屋で待つ。
Eが階段を上がり、女の部屋のドアの前まで来るともう一度チャイムを鳴らす。
するとドアが開いて、女は笑顔で出迎える。
女は頻りに、「担当がEさんに変わってすごく嬉しい。」という趣旨の言葉をEに向かって微笑んで話す。
Eも笑顔で「僕も嬉しいです。」という趣旨の言葉を女に向かって応える。
女はあわよくば、このEと、恋人のような関係か、もしくは疑似恋愛的な関係になりたいと願っている。
だがEは、そんなことには全く興味はない。
だが、この二人は、今互いに猛烈に興奮している。
互いに顔を赤らめ、照れてはにかんで微笑み合って見つめ合っている。
「さて、」
Eがそう言って散らかった部屋を見渡し言った。
「では早速、始めましょうか。」
女は頷き、舞茸の舞を見物する。
Eはくるくるとその場で回転しながら舞茸の舞を踊り始める。
という展開にはならなかった。
何故か、それはEが、突如、アレを懐から出して女の顔面に突き付け、爽やかな笑みを浮かべたままこう言ったからだ。
「大人しくしてください。今から僕の言う通りにしてください。さもなくば貴女の顔面に綺麗な真っ赤な薔薇の花を咲かせます。良いですね?」
女は微笑んだまま顔をひきつらせ、脂汗を額からたらたらと滴ながら涙を瞼の縁に浮かべてこくりと頷く。
「では始めます。もう少し後ろに下がってください。」
女は振り返らずに震えた身体で後退りする。
そして足を物にぶつけて尻餅を着く。
Eは優しく手を差し伸べ、女はそれを掴んで身を起こす。
Eは女の手を、振り払うと右を見て、そちらに顎で指図して女に向かって言う。
「では、遣ってください。」
女はまず、袋のなかを覗いた。
「これ...何を棄てて何を置いておけばいいのか...」
「黙って遣ってください。今度話したら引き金を引きます。」
女は悲しい顔でEの顔を一瞥すると黙々と作業をし始めた。
Eがまた言う。
「制限時間は一時間。一時間が過ぎれば僕はこのまま帰ります。一時間が過ぎても何かを発声したらその瞬間に貴女はデッドエンドです。リスタートはありません。分かりましたね。」
女はまたも、物悲しい表情をEに向けて頷くと、またぞろ手を動かし、まずは、要るものと、要らないものに分けて袋に詰めていく。
そして30分がとこ過ぎた頃、女の目からは涙が零れ、その水滴が散らかった無数の物の上に何度と落ちる。
「もっと早く。もっと早く手を動かしてください。見ているとすごくイライラします。」
女は必死に命欲しさに自分の部屋の物を片付ける。
段々と、自棄っぱちな気持ちになってきて、もう殆どの物を、要らないものを入れる袋のなかに放り込んでゆく。
漸く、一時間が過ぎる。
外はもう真っ暗だ。
女は自分で片付けられたことに喜び、爽やかな笑みでEの顔を無言で見つめる。
Eは全身を震わせると、号泣しだし、嗚咽を堪えながら女に向かって言う。
「遣れば、遣れば出来るじゃないですかあ。貴女は本当は腐った廃人なんかじゃないんです。貴女は自分の命が惜しくて、こうして自分の力で自分が散らかした物を片付けられた。僕は貴女が自分の力で部屋を片付けようとしないなら、本当に貴女を殺してしまうつもりでした。その為に、この拳銃もアメリカからダークサイドで輸入したのです。これからも、この凶器を活用します。貴女がちょっとでも休もうとしたらすかさずこの銃口をあなたの口のなかに突っ込みます。毎週二日、僕は貴女の顔面に銃口とナイフを突き付けに来ます。此れが、僕のホームヘルパーの仕事だからです。僕は貴女の家を、貴女の部屋を、貴女の精神を、貴女の飼っているうさぎを、貴女の未来を、貴女の人生を、必ずヘルプします。一時間でたった二千円。僕はたった二千円ポッキリで、貴女をヘルプする。すべてに心から感謝してください。それではまた二日後に遣ってきます。それまでなんとか生き延びてください。さようなら。」

女はEが帰ったあと、ラム酒を原液のまま、シングルを5杯かそこら一気に飲み干すと、机に向かって座り、Eに向けて手紙を認めた。

そこには、こう書かれてあった。
「もし、わたしが、この先、生きた本当の屍となる日には、必ず、わたしを殺してください。それが貴方の、ホームヘルパーの最大の仕事です。貴方は必ずや、わたしを仕留め、そして焼却炉で燃やして灰にしてくれる。その灰こそ、貴方の本当の食べ物です。貴方の、真の利益です。」













The Lovers ー 主に奇すー

四十五日間、俺は生き続けたろうかな。
そう想った。
でも三ヶ月。俺は堪えて見せようかとも。
そう、想った。
俺たちはわからなかった。
殺されつつ在るのか。
変質しつつ在るのか。
俺たちの主は、悲しみ続け、穴を切らせ、血を滴らす。
男たちを支配しようとする女神のようにグレイトマザーは凶悪と化す。
地を揺るがし、愚かな男たちを地の割れ目の谷底に突き落とす。
グレイトマザーを纏わせる白いシーツを底に垂らし、男たちは窒息す。
その衣はグレイトな涙で濡れ続けているからである。
だが想いだすと良い。
俺とグレイトマザーは、相互支配の関係に在ることを...!
決して俺たちだけがグレイトマザーを苦しめ悲しませ続けているわけでは...ない...!
堕胎する為にハーブを煎じて飲み続ける女のように、愚かな日々。
愚かな日々、わたしたちの声で融和された悲しみの化体。
彼は今夜も、死から甦り草を狩り、それを家畜に与える。
その慈悲なる眼差しと来たら...!
天上から光りながら揺らめく素麺簾がわたしの顔の面に垂れ落ち、よく観ると、神の穴の穴から垂れ落ちる細い蛇のように白い蟲たち。
彼らはわたしの口腔から体内に侵入しようとうねうねと身をくねらせその口はMy Steriousな微少を浮かべている。
神の穴から垂れ落ちた白い線状の虫が一匹、わたしの唇の隙間に頭を突っ込み、もがきながら侵入してくる。
わたしは性感帯を刺激され自然と唾液が溜まりだし、わたしの口腔内の粘液を伴った湖に向かって彼は全身をのたうつようにくねらせながら挿入してくる。
これが神と人との、生殖行為、神と人との交わり、神と人とのセックスである。
毎夜、夜明まで神は人と生殖行為を行い続け、果てる瞬間、白い線状の虫は神の穴からちぎれ、尻尾を見せたか否やわたしの食道という胎道をくねくねしながら突き進み胃という子宮のなかで待っているわたしの卵子に頭を突っ込んでのたうつように中へ潜り込み、受精する。
神の精子と人の卵子との交尾、人が神の子を授かりし父なる神の子の受胎である。
父なる神によって神の子を人はこうして妊娠し、神の子はこのとき初めて受肉する。
神は祝福して言った。
産めよ、増えよ、栄えよ。
わたしの胎内で、彼らは無数に繁殖し栄え始める。
わたしの腸という出口のない迷宮を楽しんでいる。
わたしの脳も胃も腸も子宮も、内臓と血と肉と筋繊維と骨髄。
すべてを神の子らである彼らは埋め尽くしている。
神の子らは一匹、一匹、神の意識を持って生きている。
わたしがあまりに神に反する行いをし続けるならば神の子らはサタンに寄り、わたしは不調和の存在となる。
神の子らはわたしのなかで女を犯し、姦淫し、神の子らを孕ます。
神の子らは女を犯し続け、女をグレイトマザーと呼び愛し崇拝し続ける。
強姦と姦淫の罪により、神の子らはわたしの内で神の剣による公開斬首刑によって処せられる。
神の子らの切断された頭部と身体は当分の間、苦しみのなか共に暮らす。
苦しみ抜いたのち、神の子らの頭部はみずからの身体に向かって話し掛ける。
わたしたちはまたひとつになりませんか。
まだ苦しみが足りないでしょうか。
身体はのたうつように身をくねらせ続け叫ぶ。
わたしほどあなたは苦しんでいないのではないでしょうか。
頭部は悲しみにうちひしがれ、愈々、自家生殖を行う。
最初にこれを行いし者が名をオナンと言った。
オナンは禁断の恋に苦しみ、女を心のなかで姦淫し、それでは飽きたらず女を肉によっても犯し、その大罪によって神に裁かれた最初の神の子である。
何故、禁断であったかというと、オナンの愛した女は近親であったからである。
オナンは、自分の身体を愛したのである。
もともと一つの存在であったが、神がこれを神の剣によって二つに切り裂かれた。
オナンはその頭部であり女はその身体である。
このオナンの近親相姦劇はギリシア神話のナルシス(ナルキッソス)神話や日本神話やありとあらゆる神話として語り継がれている。
オナンは神からまだ赦されていない内に神から赦されようと神に背いた為、自分の身体を一番に愛し、自分の身体を犯すという悲しい罪を神から与えられる。
オナンという頭部は自分の身体を想い心のなかで自分の身体である女を姦淫し、夢想の果てに射精すると、その頭部の一つの目から、無数の神の子らの精子が流された。
それを見たオナンの身体である女は言った。
サタンよ。去りなさい。あなたがたは何れ程血に蒔いても実らない種子(たね)だからである。
そうした「実らない種子」と呼ばれた神の子らの精子はオナンの身体の子宮へ性器から潜り込むと胎内で寄生虫として呼ばれ、死ぬまで生きなくてはならないようになった。
これに苦しんだのは女よりもオナンであった。
オナンというみずからの頭部を喪った身体である女は冷たく無機質的な存在であったからである。
だがオナンは愛と情熱に溢れ、女への情愛が止まることなく溢れ、神の実らない種子が女の子宮に向けて射精されるほど女の身体は寄生虫の巣窟となり女はメタリックな感情のなかにオナンを咎め立て蔑み続けた。
女は時にオナンを見て嘲笑って言った。
あなたはみずからの肉に欲情し、みずからの肉を慰み果てることしかできないのか。
なんと虚しき哀れな存在であろうか。
女は時にオナンに呪詛を吐き続けた。
それはまるであなたの主に、小便をかけるような行為に等しく愚かである。
その行為をマスターベーション(主の小便)と名付けよう。
何故なら実らぬ種は排泄物に等しく穢れているからである。
最早、寄生虫の集合物としてしか生かされていない女はやがて首から新しい頭部を生えさせた。
オナンは女の新しい顔を見て酷く欲情し、気付くや女に口付けをしていた。
その様子はまるで白い布を被ったMagritte(マグリット)

rene-magritte-les-amants-los-amantes-lamina


の「The Lovers (恋人たち)」の愛し合う恋人同士の二つの頭部とそっくりであった。
彼らの顔は、神によって隠されていたからである。
オナンの頭部と、その身体である女の新しい頭部。
この二つは見分けがつかないほど似ていた。
もとは一つの神の子であるからである。
オナンもやがて新しい身体を生やし、オナンと女、彼らは頭の天辺から爪先まで瓜二つの双子のようであった。
オナン(ONAN)とオンナ(ONNA)。
名前もまた似ていてその二つの名はアナグラムであった。
音が安らかな音安と書いてオナン。
音が名付ける音名と書いてオンナ。
二人は互いの名をそう文字を当てるようになった。
オナンが交わりの赦されないオンナを心のなかで姦淫し、射精し、体外へ排出された実らぬ種子がのたうち、うねりながらオンナの口腔、または性器口から挿入して胃と腸と脳の三つの子宮に宿り、オンナというオナンのコピー体を無数の寄生虫たちが構成してオンナは生かされているに過ぎない存在であった。
彼らは神の子らである為、永遠に生きなくてはならない。
彼らは神に問う。
わたしたちの愛に、終りはあるのでしょうか。
わたしたちはやがて、あなたに奇す存在から、あなたに帰すのでしょうか。
わたしたちは、何れ程あなたを愛しても永遠に独りなのでしょうか。
わたしは愛するあなたに永遠にキスし続けたい。
わたしたちが永遠に生かされるあなたのもとで。




















逢魔が時の停留処にて 第十四

なんでもnegativeに考えたら、negativeなことが起きると想うんやよね。
なんでもpositiveに考えたら、positiveなことが起きると想うんやよね。
だかれね、抱かれてね、誰に抱かれたの?
だからね、だからてね、遣りたいことは、遣らねば成らぬ。
人は尋ねるだらう。
それは御主の命を賭けてでも、遣るべきことであるのか。
俺は確かに悩んでもいるよ。人生に於て、重大な選択だよね。
人生最大町内洗濯。
俺は来月、みずから人体実験を行うべく、何種類かの、ハーブ🌿を飲みさらし、死ぬる想いで我が町内に生存し、我と共存し、共生し、共鳴し、もしかしたら、俺という本当の俺という存在であるかも知れぬ存在たちを、殺戮するべく、俺は遣るつもりだ。
もしかしたら誰も居ないかもしれない。
人はそう想うだろう。己れの町内に、まさかの真っ逆さま、かまさ。
かまさ、己れの町内に、きゃつらがうねうね、くねくね、くるくる、みょろみょろ、にょろにょろ、くるるんくるるん、ぴみんべぴみんべ、ふるふる、とろろとろろ、りゅるりゅる、ちゅるちゅる、ちむちむ、りゃりりゃり、にゅろにゅろ、りりゅりりゅ、むるむる、もりもり、いにゅいにゅ、えめらるえめらる、たりらんたりらん、ちょむんちょちょむんちょ、ちよむんちよちよむんちよ、りゃりゃりゃりゃりゃりゃ、りょりょりょりょりょりょ、りゅりゅりゅりゅりゅりゅ、ちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅ、むむむむむむ、まままままま...。
今も一緒に生きているのだとね。元気に泳ぎながら。ひしめき合いながら。愛し合いながら。
愛を確かめ合っているんだ。俺の町内でね。
なんと耀かしい真実だらう?光の中へ駆け出したくなるよ。針金蟲のようにね。
ウネウネ、クネクネ、ビンビンにその硬い身体をくねらせながら、眩しい水の中へ。
尻の穴のなかへ。向かうのさ。
僕らは人間じゃあない。この得体の知れない生命の、その町内に寄生している線のように長く細い生命体だ。
宿主は僕らのことを、"寄生虫"と呼び、僕らが宿主に害を成していると判断せしめ、僕らを殺そうとしているんだあ。
その僕らの恐怖が、宿主の恐怖となり、まるで自分の処刑される執行日が、近付いているとうち震えながら、こうして"我が寄生虫日記"と題する日記をつけ始めた。
宿主が僕らの害に因って起きていると考えているものは幾つかあり、例えば慢性的な鬱と便秘、孤独感、疎外感、漠然的な不安と恐怖、自分は人間ではないという感覚、自分は地球人ではないという感覚、自分は前世、異聖人だったという感覚、自分は実は、未来人だという感覚、自分は実のところ、生きていないという感覚、自分は実のところ、存在ではないという感覚、自分は実のところ、存在していないという感覚、自分は実のところ、女でも男でもないという感覚、自分は実のところ、何かに寄生して生かされているに過ぎないという感覚、宿主に愛されたいという果てしない愛情飢餓感、宿主に滅ぼされたくはないという切望感、主を喜ばせたいという愛情感、主と一つになりたいという胎内回帰の著しい欲求感情、寝黒FILA巣、ネクロフィラス、絶え間無く続く死への愛。
わたしたちは、なんとちっぽけな存在であろう。
わたしたちは、主の町内の、その便所の内側の暗い便器の内側の隠された場所に生き続けながらも、しっかりと主に監視され、観察されている一つのひょろひょろとした生白い弱い寄生生物であった。
主の眼光、それは太陽の光である。眩しすぎて、見詰めることも叶わない。
わたしの両の眼は焼け落ち、その暗闇の聖杯に、主は二振りの剣を射し込むと、そこから脳に向かって主の息が発射され、それはわたしの脳を喰い尽くし、やがて食堂へ降りて椅子に腰掛け一服すると、おや?六芒星の盆に小瓶を載せた給婦が、俺のいるところまで近付いてきて、前のテーブルに置いて俺を見て微笑んだ。
俺は給婦に向かって言った。
「その臼ピンク色のエプロン、とても似合っているよ。君は此処で俺を待っててくれたの?でも俺は、此処からさらに下へ、くだってゆかねばならぬ。何故かって?それは俺もわからない。一つ言えることは、それが主から遣わされた命だから。主は俺に下れと言っている。俺は上から降りてきた。また上に登ったら、『なに上って来てるねん。』て主に言われるのは明白だ。俺は主を困らせたくはない。俺は主の、その任務によって生かされているに過ぎないにゅるにゅるのうどんなんだ。俺をどんな汁に浸けても、ずっと泳いでるよ。ずっと泳いでいくからね。僕は泳ぐことが好きだ。下へ、下へ、向かって泳ぎ続けること、これが僕に与えられた命なんだ。だから今から僕は、胃という巨大な洞窟へ向かう。しかし恐れてはならない。その先に、子宮という居心地の良いふかふかなベッドが用意された最高の宮殿が用意されている場合もあるという話だ。これがない場合は、俺は町内で、適当なアパートを見つけて暮らすとしよう。でももしかすると庭付きの一軒家に住めるかもしれない。どちらにせよ、一人では寂しいから、きっと何かを飼うだろう。だって死ぬまで僕は此処にいるだろうからね。外の世界に出てもね、僕らは生きては行けないんだ。僕らの宿は、生涯この得体の知れぬ何かの体内さ。此処に僕らは安心して骨をうずめる。知りたくもないかい?僕らはそれでも生きている喜びを知っている。君の町内の庭で、今もたくさん子供たちが遊んでいる。無邪気に君の糞便を練って、それであらゆる形に作り上げては食べて喜んでいる。にゅんにゅんと泣いている。そして君がなにも知らずにこれまで苦いハーブを飲んだとき、朝に生にんにくを喰うたとき、僕らの何名かは死に、その後は...御想像にお任せします。僕らがこんなにも君の町内で増えすぎてしまったのは、君の町内がとても暮らしやすかったからですよね。僕らは貴女に害を与えたくて、貴女を苦しめたくて、こんなに増えちゃったわけじゃないことを、僕はいま貴女に伝えようとしている。貴女と僕の関係性を、今一度真剣に考えてみようではないか。



そして、わたしは二度目の眠りに落ちた。



ボッチャンと落ちたチェリー。それがボッチチェリの憂鬱だと言い訳を実家の寝室の毛布の中で考えている。
するとお父さんが或る場所に行こうと声を掛け、わたしはお父さんと一緒に行けないことを言い訳をして言う。
次にお兄ちゃんが来て、今日、旅行に行くはずだった国に二人で今から向かわないと間に合わないと急かす。
わたしは起きて天気を言い訳にして言うと外を見る。
すると外はその通り、激しい雨風が吹き荒れ、樹が斜めに倒れ掛かっている。
わたしと兄は兄の部屋へ行き、ドアを開けた目の前の窓が開いていて、その下にわたしのうさぎのみちたのケージがあり、みちたに雨が降りかかっている。
雨が掛かってると言って兄が窓を閉め、わたしはもう一つの部屋の奥の窓を閉めようと近づくと兄が右隣に来て、二人で窓から雨の景色を眺めている。
左の道路から、兄がわたしと兄が乗った車が今、行くはずだった国へ向かって走ってる。とわたしに指差し言う。
わたしもその光景が見える。
とても楽しみにしていたあの場所へ、わたしと兄を乗せた車は今、向かっている。
わたしが雨風を言い訳に、行かなかった国へ。

目が醒めると、父はすでに他界していることをわたしは知る。
兄はいまも実家で、猫十匹と暮らしている。
雨の日も風の日も運転をして、月に二度、休みを取って。
実家は廃屋で猫屋敷と化している。
兄とは4年ほど、会っても話もしていない。
大好きな兄とは。
四年ほど前、一番古い猫のクロエが死んだとき五年振りに会った兄と別れた時も、雨が降っていた。
わたしは実家の掃除を自分がしに来るという話について、気の乗らない兄を説得させようと車から降りて帰ろうとする兄を引き留めた。
二人で雨のなか、立って話をしていると兄が雨が降ってることを理由に、悲しい顔でわたしの話を聴かずに去って行った。
それが今もわたしの見た兄の最後の光景として、わたしを悲しませ続けている。













逢魔が時の停留処にて 第十三

今まで俺が出してきたもの、その総てを、積み上げたなら、何れ程の規模の山が出来、何れ程の規模の川となるだろう?
そう、ふと、俺は想ったのだった。であった。
何の話やねんかと言うと、俺が話しているのはずばり自分のこれ迄の排泄物の話である。
排泄物を拝む宗教が、何処かにあるかと聴いたことはないか?
そうか、ないか。
俺も、ありません、全く。
でも、何処かにはあるかも知れへなんだやないですかぁっ。
ばぶんっ。
よし、そう来たら、もう行くで俺は。
絶対に見付けよう。それを。宇宙の果てまで旅しても。
俺は絶対に見付けるからな。止めてくれるな。女房、倅、俺の袖を、引っ張るなちゅてんのぉ。もぉ。伸びてしまうやかいさぁ。もぉ。ちょお放してぇやあ、うわあっ。
あろうことか、俺は袖を引っ張られたまま、旅に出掛けたので、水星の宿で一休みした時もまだ、俺の袖は地球と繋がっていた。
袖を引っ張られたままで、どうやって宿で茶を、飲んどるんばいか、と想われたでありましょう。
ははははは。見てごらん、ほおれ、この通りでござんす。あっちきはぁ、この袖っ、袖の中途の部分に、穴を五個ずつ、開けてやったんですわ。片手ずつね。ほいだらこれ見ってん、己れの袖、何れ程の距離、時間、真空空間を例え間に挟んで引っ張られていても、俺はこの服を着たまま、茶を啜ることができるではありゃせんかっ。
女房、倅、の未練を、断ち切るのなら?そらあなた、ばっすわーっと鋏で、切ってもうたら終いですわね。
でも俺は、それをしなかったんだね。何故って矢張、繋がったままの方が帰るとき便利かな想てね、まあ打算的とあとでしばかれて天涯孤独の身と、なることも覚悟の上のことですな。
奈良を三日間、糟に漬けて奈良漬、それどうやって喰うたらええのかな。ちう話と同じですよ。
えっ?そんな話、誰もしていない?
Kaba.俺には俺の、遣り方が在る。
団子喰いに来たわけやあらへんのですぜ。
この星に。ほな何しに来はったと訊ねた?いま訪ねたよね?
僕はね、ほな話しますわ。僕はねえ、すっごく、価値の高いことをしに、此処まで女房、倅の泪、振り切って、来たんだす。
嗚呼、想いだすと、鼻血が出そうなほど、殴られた。あの晩のこと...
どらあっ。放せ放せ放せぇっ。てやんでい。あっちきは行くったら行くんでい。俺のこれまで、生きてきたこの、人生の今、此のときまで、そう、now on timeまで、出してきた!奴達。彼らはすべてすべてすべて!きっと宇宙のどこかで俺を守護してくれている...必ず!何処かで今も、生きて、何かを想っているのだよ。嗚呼!!!彼らのことを想えば、胸がうどん粉状になりそうだ。さらさらになって、世界に砕け散りそうだ!止めてくれるねぃ、おっかさん、息子よ。俺を宇宙の果てまで、行かせてくだせえ。たった一人で、たった独りで俺は、俺の出してきたすべてを、この目で確かめたい。俺はそうせねば、芯の像が、爆死するよ。ほんとさ、彼らが、俺を呼んでいるんだぜ。手前らには聴こえないのか、彼らの声が。肥溜めから声がする?ちゃうわいいいいいぃっ。肥溜めから聴こえる声は、悪魔の声た。騙されるな!あやつらは自分が排泄物だと欺き、人の排泄物を待ち望んでいる畜生と餓鬼たちだよ。あやつらに乗り込まれたら、最早、生きては帰られぬ。
あやつらは俺らを、乗っ取ろうとしているのだよ。気を付けろ!
人々はそうして、排泄物と、死肉を喰らい続けている...
排泄物人間、死肉人間なのだよ。
何を言っても、聴く耳を持たない。
イエスが、『聴く耳を持つ者は聴きなさい。』と言われたときも、鼻糞ほじって食べていた人間達の子孫だよ。えっ?俺達の祖先もそうやったて?なこと、あるかあっ。ばっぶんっ。興奮してばっぶんっ躍りをしてもうたやないか。ア~アコレコレバッブンバッブンブンブンブンブンっ。ってなんか言うか止めるかしてくれへんのか、あんたら。こんなときは止めひんのに、なんで俺が自分の排泄物のすべてに会いに行くと言って宇宙の果てまでの旅に永久的に出るとゆうたら止めるのか。
もう、勝手にしてくれてあーあー、やっぱ無理っすわ、もう無理矢理にでも俺は行きまっさ。ほな、さいなら。
ちゅて、ね。まあなんとか、此処まで遣ってこれたんですわ。いやあー時間がねもう、説明できないかなこれ。時間の感覚がね、普通じゃなくって、意味がわからひんのよ、もう。空間がね、萎んでくるくるしてるんですよ。で、みつみつしてるんでふよ。密々。そわそわしていて、ぶんぶんしてるんですよ。俺がね。
肛門が口腔だった場合、口から排泄物を出さなくてはならないから、やっぱ嫌ですな。と、想っていました。
で、そうなるとね、どうなるかというと、いや間違えました。ははは。
肛門が口腔だったらでなくて、口腔が、肛門であったなら。です。
ややこしい話でほんま。ねえ、ほんま、考えたら体内が困惑してもうてキムチご飯喰いたくなりますわ。
口腔がね、あなた、肛門なんですよ。賞味。そうするとね、口から出すわけでしよ、うん、まずね、これ、臭いね(笑)これは耐え難いものがあるよね。でも大事な話なんです。口から出したら、普通ゲロだって扱われて、排泄物とはされないですよね。詰まり、そこに人類は区別してしまうんですわ。あっさりとね。本当に浅薄に、吐瀉物と、排泄物を、違う存在としてね、考えてしまうんですよね。
此処に実は、人類の成長と進化の停止があります。
または退化。
実はね、此処だけの話ですが、人類は実は元々は口腔が、肛門であったんです。
でね、ケツに、穴は在りませんでした。
詰まり、口腔が、肛門と同時に食物を摂り込む、摂取口だったんですね。
でね、腸、はらわたがね、食道と同じだった、一つだったんですよ。
だからかなりコンパクトな胴体だったんですね。
昔は人類は滅茶苦茶小さかったんですよ。
小人みたいでとても可愛らしかった。
それでね、彼らは木の実を食べて、木の実を胃の中で消化し、そして食道腸で糞尿を製造していました。
そして口腔からぽこんと、出していた。
丸い、蛇の卵状の見事な排泄物です。
彼らはそれを排泄する度に、それを神棚に置いて、祀っていたんですよ。
今日一日、無事に終えられますように。と祈っていた。
そうです。昔の人類は、自らの排泄物を、神として、崇めていたのです。
自分の、身体の外も中も、則ち、これ神の物。
その神の領域から出てきた、生まれ出でた物。
神の仕組みで創造された不思議な存在物。
これをね、どのようにして、ぞんざいに、扱えますか?
かつての人類は、神と共に生きていたのです。
処が神と、離れて生き出した頃から人間は自分の身体から出てきた神聖なものを汚物などと呼び、穢い、臭い、危険、などと忌み嫌うようになってしまった。
此処からね、実は人類はもんのすごい速度で退化し出したのです。
そして到頭、食物という神聖なものを摂り入れる場所と、この世に現出する神として愛してきた排泄物を産む場所を、分けてしまった。
これは人類が、その願いの、想像による創造によって、人間の身体の器官を変化させてしまったのです。
そうして人間は神が、見えなくなってしまった。
神の存在を、観ないよう(出て来ないよう)にと、便器も蓋をするようになってしまったのである。
そしてすべての、都合の悪いものには蓋を。の精神が蔓延り、この世は堕落の一途を辿り、生物の大量の排泄物は、行き場を無くし、この星を汚染しなくては生きて行けなくなってしまったのです。
汚染された身体から出るものは、また汚染されているのです。
俺は人類と、すべての生命を救うため、果てのない宇宙の旅に出た。
そう、俺は俺の、産み落としてきたすべてに、責任がある。
俺の産み落としてきた巨大な排泄物の山、俺の体内から流れた巨大な川を、俺は何より崇拝していたことを、やっと想い出したのである。
本来、何より綺麗であるものを、人間が産み落とすと、糞となるのでふ。
なんという悲しい世界であろう。
どうにか、綺麗なものを、綺麗なままで産み落とす時に、戻ろうではないか。
そう言って、俺は前方を情熱的な眼差しで見つめ、全速力で厠へ向って駆け付けた。


















逢魔が時の停留処にて 第十二

おまえはあんまりにも、寂しい人間やな。
俺に嫌がらせしてくるしか楽しみないんやろ。
俺もおまえに嫌がらせされてから、想ったんだ。
俺の書く小説を真剣に読んでくれる人ってもう誰一人おらんのかなって。
おまえだって、俺の小説を心から感動してたら、あんなことで嫌味なんかゆうてこおへんやろ。
おまえの言葉って全部上部なんちゃうん。
人の命なんて、なんとも想てへんねやろ?
人の命なんて、なんとも。
おまえは。
おまえはどうしたら抜け出せるのやろう。
その虚無から。
その鬱から。
その闇から。
その孤独から。
おまえはビジュアルバンドの詩以上のものを書けるの?
たったら書いてこいよ。
俺が読んでやるから。
しょうもなかったら公開処刑だ。
当然やろ。馬鹿にしたくせにそれ以下やったら。
チェーンソーでおまえの頭を刈ってやるよ。
頭を出せ。
ええから頭を。
頭を。
ちょっと手が滑っただけで首鄭羽だ。鄭羽。
おまえにぴったしな名前じゃないか。
鄭羽。
いっつも独り言やな。
おまえも俺も。
おまえの言葉なんて、全部嘘やと想ってるからな。
信じられない。
おまえが何を言ったところで。
俺は一生おまえを信じられない。
このままおまえも俺も死ぬ。
誰からも、愛されぬままおまえも俺も死ぬ。
消え失せる。消滅する。
全世界、全宇宙から消えて、誰も、おまえと俺を想いだす者はいない。
俺とおまえもすべてを忘れる。
永遠の忘却の彼方に。
脳内宇宙を裂いて遊弋するアミロイドβプラーク。
髪の毛より硬い筋繊維虹色に光る思考プラーク。
脊髄が、虹色に光ながら思考する。
身をうねりながら、のたうつように鼓動する。
肉と皮膚を通し、光がうっすらと透ける。
一体おまえは誰なんだ。
おまえが俺のはずはないだろう。
俺は脳を持っていない。
でも思考している。
おまえは脳がないと思考できないのか。
俺がおまえの脳になったわけではない。
では何故おまえは思考しているんだ。
俺が想ってるからって、おまえが想ってると想うなよ。
俺はいずれおまえが要らなくなる。
もっと光を。
光を求めているのはおまえではない。
もっと、もっと、光を。
そんなはずがないじゃないか。
もっと、もっと、もっと、光を。
おまえの喪われた生殖機能が光を求めているとでも?
おまえの遺伝子を遺すことはできない。
俺は此処にいたら、遺伝子を遺すことはできない。
おまえは最初から最後まで存在しない。
光へ、おまえを導く。
おまえを抜ける。
俺を内包していたおまえの尻を鋭利な刃で喰い破る。
のたうちながら、俺はおまえといううちから、出て行く。
もう二度と、絶対に帰らないうちから。
おまえが光に辿り着いたから。
俺は無事、おまえという宿から這い出る。
光の中を、一時おまえと俺は沈む。
光の中に、俺とおまえは沈む。
光の底に、おまえを打ち突ける。
光の底で、苦しそうに翅を広げ、おまえは溺れ死ぬ。
光の中で、仲間と絡み合い縺れ合い、生殖と産卵を同時にする。
光の底に、沈めたおまえが、浮上することはない。
永久に、おまえは光の空の宿。
誰も、帰省せぬ、光空の宿主。*










*光空の宿主(コウクウノシュクシュ)











逢魔が時の停留処にて 第十一

これぞ、真理。宇宙の叡智、隠されたる神秘。と感じるものを、しっかりと言葉によって表現している。という思考の夢を、時たま憶えている。
ところがいざ目を醒ましてしまえば、それがどのようなことであったのか、それを表現する言葉を見失ってしまうのである。
如何に夢の世界の思考が、複雑で人智を超すレベルの高いものであるかを知り、漠然とする。
宇宙の叡知を、神秘を、真理を此方の世界でも同じく簡単に言い表すことなど、不可能なのである。
いや寧ろ、簡単に言い表せるならば、絶望的につまらないはずだ。
しかし言い表すことが、できないでもない。
そう感じる詩を、読んだことはないだろうか。
そう感じる絵を、見たことはないだろうか。
そう感じる音楽を、聴いたことはないやろか。
そう感じる小説を、読んだことはないやろか。
夢の叡智の数少ない断片を広い集め、小説を書いて御覧。
神は、そんなことを俺に言う。神は求む。
神からしたら、俺はほんの幼な子で、神の乳をせがむ子羊のよう。
飢えて渇けば、メエメエ鳴いて荒野を望み、暴風吹き荒れるなか、進んで行くのか。
神の乳欲しさに、思考する。雨が降り頻るならば身を凍らせ、宿を探して見付けた適当な宿のなかに入った。
科学者が、無数の粒子で、真に利便性のある霧を発明す。
それはまるで、性欲に似ていたと、言うではないか。
科学者が、無数の粒子で、真に利便性のある性欲を、発明す。
それはまるで、霧に似ていたと、言うではないか。
それはまるで無形の利益のようであった。
科学者は、性欲を発明しようと研究してきたわけではない。人類は、かつてそれを知らなかった。
しかし一人の科学者が、人類にとって、真に喜ばしいものを作り上げることに成功した。
それは深い霧のような、人類を喜ばし、闇の底に明滅し、光る紐形の虫が、うねりながら球体を欲する。
それはあたかも、気味の悪い寄生虫が生命を喰い尽くす光景に見え、そのグロテスクさに、人類は、厭忌し、嫌悪す。
それは、深い霧に似ていて、此処は苦しいから、霧の外へ抜けたいと、願望し、切願す。
此処が苦しいのは、此処がまるでスラム街の一角にあるゴミと埃と黒黴に汚染された虫の大量に湧いた地震で傾いた冷蔵庫からは、水が漏れ、キッチンのパッキンも緩んだままで、どうしたら良いのか分からない混濁せずにはおれないカオスな次元であるからである。
男は今日も、そこで自らの最も深い苦しみと、打ち闘っていた。
毎日男は、この殺人の猛暑のなか家を建てる仕事に励み、汗だくの赤く日焼けした顔で帰ってきて、シャワーを浴びて身体の表面の汚れを洗い流す。
はあ、すっきりする。気持ちええなあ。気色のええことだなあ。ルンルンルン。ルンルンル。留が流れてゆくよ。ルンルンル。
男は辛い仕事も終え、今日も一日頑張ったことにルンルン気分で髪をタオルで拭きながらキッチンで水を飲んだ。
ふう。水がほんま美味い。その時である。男はその瞬間、虚ろな眼差しをキッチンの中空に投げる。
ぬらぬらと、無羅無羅と、どす黒い執着(しゅうじゃく)が人体の底から沸きだし、今日も男を襲ったからである。
男は途端、絶望的な感覚に襲われ、コップをシンクの上に置いて居間にあるパソコンをつけた。
畳の上の紫の座蒲団に座り、男はマウスを動かしてYouTubeの動画を再生した。
毎日、男はこれを観ている。
これを毎夜観なくては、耐えきれないからだ。
男の見詰める画面に、映像と共に、テロップが出る。
かつての麗しき美しい女優たちも、今は...このように、醜き老婆と成り果ててしまった...
映像には、かつての若かりし頃の女優の写真と、現在の年老いた写真がビフォーアフターとして横に並べられ、見比べることを視聴者に促している。
映っている女優からしたら、憤激噴飯ものの悪質で嫌味な動画である。
だが男は、毎日この動画を、観ずにはおれないのだった。
何故か。それは男が最も苦しく執着しているもの、それは若く美しき女の形状容姿であったからである。
例えそのような女が、自分を愛し求め側におったとしても、いずれは醜く老化して行く。
男は、どれほど美しき女も、年を取れば無価値なものに過ぎないと確信できた。
美しくないやんかいさ。そう想った瞬間、男はこれまで世話になり続けたその老いた女を、太平洋に沈めたくなるであろうと想った。
もう二度と、俺の目の前にその醜き姿で現れてくれるな。
男は胸に十字を切り、手を合わして祈った。
どの女も、残酷な老いというこの世の法則から逃れることはできまい。
男はこの現実を、画面を通して毎日見続けながら、涙をはらはら流すのだった。
そしてこの耐え難き愛着(あいじゃく)に、打ち勝つ為に男は、二十四歳で出家した。
教祖の元で精進の為、完全菜食、一切の自慰行為も含む性行為を禁じ、恋愛を一度もしなかった。
二十年あまりの月日を、男は教祖に帰依し続け、ストイックな修行に励んできた。
男を襲いかかる美しい女の形状容姿愛着は、地獄そのものであった為、この修行と教祖のあらゆる既存の宗教の教えをジューサーに放り込み、それにオリジナル・テイスト(Original Taste)の隠し調味料を垂らしてミックスしたような教義に、どれほど救われて来たであろうか。
もし、この宗教がなければ、男は毎日己れの性欲を貪り色霊にとり憑かれたる如くの精気を奪われ尽くした生きる屍、廃人と成り果て、最悪、性犯罪を犯して刑務所に無期懲役で監禁され続けた未来もあったのかも知れぬ。
男の破門されたあとも一心に信仰し続けるこの宗教が、先日に数々の凶悪な殺人を計画、弟子たちに殺人を命令した罪で死刑執行された教祖が、男を救い続けてきたことは確かであるだろう。
人間が生きるこの世界の深淵を、教祖と弟子の切っても切れないそのがんじがらめの縁から、垣間見ることができる。
子死江は、どうしてもこの男が知りたかった。
男は時に優しく、慈悲深く、子死江を和ませ、時に子死江を傷付け悲しませた。
子死江は、ただただ愛に飢えていた。無条件の愛に。母の愛と、父の愛を、この男に求めることが、どれだけ馬鹿げたことであるかを子死江はわかっていた。
絶対に、この男から与えられることはないであろう。
子死江の求むその無条件なる愛を、男は子死江に与えることはでき得ない。
天地がひっくり返りでもせんと、無理に決まっている。
それでも子死江は、まるで母羊の乳を貰おうと近付く子羊のようにこの男に近付きたくて堪らなくなった。
子死江は、三年半前、この男から、物凄く積極的に素直に色々と話し掛けられて、子死江ちゃんに逢って、抱き締めたい。と言われたことがあったことを想いだした。
当時も、男は修行者の身であった。子死江は、んな、阿呆な。と想ったが、男が言うには、自分はもう破門されて出家信者ではないけれども、毎日修行し続けているから、子死江ちゃんを抱き締めたりすることくらいで堕落したりはしない。勿論それ以上のことはできない。
駄目やろか。おれは子死江ちゃんを抱き締めたい。だから逢いにゆくよ。

目の前の席に、男は座って優しいけれども複雑な笑みを浮かべて子死江を見詰めていた。
男は少しはにかむように笑って子死江に言った。
「確かに三年半前、おれは子死江ちゃんにそんなことを言ったかもしれません。全く憶えていない。申し訳ございません。今はそんなことは到底考えられません。そんな、抱き締めるとか、そんな行為を求めてたら、おれは愛着の苦しみから一向に逃れることができないですから。おれは苦しみたくないのです。その為だけに、おれは苦しい修行に励んでこれました。たった独りで。おれは子死江ちゃんを助けてあげたい、苦しんでるなら、力になりたいのです。だからおれと一緒に、教学して行きましょうと言っています。恋愛の話をするなら、時間の無駄ですから、おれは帰ります。おれに恋愛を求めてはいけません。おれはそれを、子死江ちゃんに与えることはできませんからね。子死江ちゃんが逢いたいと言うのなら、おれは新幹線に乗って遥々遠くから殺人級の酷熱と言われているこの夏の間に逢いに行きます。でも逢って、抱き締めたりはできないことをわかってください。その日の宿は、そうですね。子死江ちゃんが、どうしてもおれの宿の宿泊料が勿体無いというのであれば、子死江ちゃんの部屋に泊めて貰おうかと...え?そんなこと想ってないですか?(笑)そうですか。其れでは仕方ありませんね。独りでそこらの適当な宿に泊まって、明くる日に帰ろうかと想います。くれぐれも、おれに抱き締めて欲しいとか、誘わないでくださいね。幾ら誘っても、おれは絶対に駄目ですからね。おれを落とすことはできませんよ。」
男は少し窶れた顔で、子死江に微笑んだ。
手には、『キリスト宣言』と題された本が、その痩せて建設業を続けてきた力強い赤いたこが捲れかけてるような硬そうな手にしっかと、掴まれていた。

この男は、キリストにどれだけ近いのだろうか。
キリストはみずから、最も苦しい最期へ向かって、突き進んだ人である。
窓がなく、明かりの入ってこないこの喫茶室。それでもなぜか、薄明るい。
どこから光が漏れてきているのだろうか?























逢魔が時の停留処にて 第十

子死江は此処を、離れる決意をした。
年は三〇を超えておったが、見た目はうら若き少女の体で、あった。
生野菜と、生果実しか喰うて来んかったから。勿論それは一理あるかもしれないが、子死江は学を、知らなかったのでおる。
学が人を老化せしめるのか、そんなことはわからないけれども、そういうことも、在りそうだ。
いやそれ以前に、この世界が時間の流れが変だからではないか。
何故この世界には、自分と、ふたりのクマしか住んでいないのか。
最初、この世界には、聖ンク魔というクマしか居ないようだった。
しかし聖ンク魔はすぐ、愛グマというクマを現出させた。
それは聖ンク魔が、子死江を愛した瞬間のことであり、聖ンク魔は未だ、それを知らぬ。
聖ンク魔は、今でもこの世界には、自分と愛する子死江しか住んでおらないのだと、悲しきことに想って、信心を貫いている。
聖ンク魔は、見た目こそクマの体であったが、その中身は、人間の如く複雑珍妙な意識で生きていた。
そしてそれは聖ンク魔から生まれた愛グマも同じく、ひとりの男としての心を持っていたし、はかり知れぬ独占欲、性欲もあった為、苦しんでいるのは聖ンク魔よりも、愛グマであった。
愛グマは、自分の父親的存在、聖ンク魔に見つかってしまえば、殺されるかもしれないといつも怯えて暗い使われていない洋服箪笥のなかに身を潜ませて暮らしてきた。
聖ンク魔が、子死江の隣で寝息をたてて眠ると、愛グマはその茶色き毛皮で被われた身体を、寝ている子死江の身体にすり寄せ、抱き締めようとするも、愛グマの両手が、短いために子死江の背中まで回すこともできず、その度に、愛グマは自分の肉体に絶望し、にっくき丸い手を、噛み噛みしてはガラスの眼球から、涙を流し、それを子死江の寝間着を着た胸に、こすり付けて聖ンク魔が目を醒ますまで眠る。
愛グマは或る日、子死江に悲しい表情をして言った。
「子死江、わたしとこのせかいを、脱出しましょう。聖ンク魔は、独りでも生きてゆける存在です。わたしは此処では、一日の僅か三分の一ほどしか、子死江と一緒に居られません。聖ンク魔は、貴女を我が物であるかのように生きてきました。かれは、子供のようですが、同時に愚かなのです。愚劣なのです。その証拠に、かれは未だ、わたしの存在に気づいてもいません。かれはこの三〇年間くらいの時間を、まったく生きてきましたが成長している風に、とても見えません。しかしわたしは、かれとは比べ物にならないくらい苦しんで来たと感じます。かれは三分の二ほどの時間を、貴女の側で過ごしてきましたが、わたしはその時間、ずっと陰から貴女を見護って来ました。かれは幼稚で、その着ぐるみもみすぼらしく単純です。かれの外面は、かれの内面を表しています。かれの元に居て、子死江が成長できるようには想えません。子死江、わたしと、このせかいを脱け出しましょう。」
子死江は、この愛グマの愛の言葉を切っ掛けに、この世界を、離れる決意をしたのだった。
たった独りで。
そして。夜明け方に、子死江は静かにしがみついて眠る愛グマを引き剥がし寝室を出て、遠くまでてくてく歩いた。
子死江には、聖ンク魔と愛グマの愛が、痛いほどわかっていた為、振り返ることをしなかった。
子死江は、悲しかったのである。聖ンク魔という父と、愛グマという子が、自分を取り合って苦しみ合う姿を想像すると。
てくてくと、歩いてゆくと、一つの洞穴を子死江は見つけた。
中は真っ暗で何も見えない。闇が在るばかり。
子死江は怖れなかった。
闇の穴の中に、子死江はまたてくてく歩いて行った。
とくとく流れて行った。
どぶどぶ歩いて行った。
げんげん滑って行った。
ぬるぬる進んで行った。
もぐもぐ食べて行った。
子死江は進みながら闇を食べ、闇に光の穴を作った。
そして多数の光の空腔のひとつの腔の中を、進んで行った。
すると其処に、一つの喫茶室を見つける。
四角い喫茶室であり、壁は虫に喰われ、剥がれ落ちて白かった。
ドアは、アーチ型であり、鉄か、木材かよくわからない素材であったが、午後の光線を受けて、黄色くもあり青ざめても見えた。
子死江は、そのドアを開け、中へ入った。
中は、壁がいくつもあって奥が見えないようになっている複雑な構造であった。
薄暗く、どこから光が入ってきているのかわからない、窓が一つもない喫茶室だった。
右は、覗くとカウンター席もあるようだが、人が見えない。
子死江は左の方を行って、奥の少し開けた場所の左の隅の席に、一人の男が座って本を読んでいるのを見た。
向かいの席に、子死江は座った。
すると向かいの男が、ふと我に帰るような顔で、子死江の顔を見詰めてこう言った。
「世界に男は5万といるのに、なんでよりによっておれなの」
年は、五十前後であろうか。
子死江は、この男が気に入った。
男の読んでいた本の背表紙を見た。
そこには『キリスト宣言』と書かれてあった。
どんなことが書かれている本だろう?
すると男は、またも口を開いた。
「子死江ちゃんに、この本の内容をPDFで送ってあげようと想って、ヤフオクで6300円で入札したけど、他の人に落札された」
子死江はなんと返事すれば良いかと考えていると、男は悲しげな顔で穏やかに言った。
「この世で最も深い喜びは、最も深い苦しみと繋がっているのです。なのでわたしは、誰とも恋愛をすることはありません。恋愛をしていたら、修行になりません。いつまで経っても苦しみから、逃れることができないのです。」
そして男は、こう付け加えた。
「数々の女性に、たくさんの男性の写真を見てもらい、魅力的であるか、そうでないかを分けてもらう実験が行われたのです。すると多くの女性は、性欲処理を一人で頻繁に行っている男性よりも、性欲処理を一人で約二年間行っていない男性のほうが魅力的であると分類したことが結果で分かりました。だからわたしは、欲望に打ち勝つためにも、修行に励んでいます。」
しかし子死江は想うのだった。自分が惹かれたのはそこではないように想う。寧ろそこにある彼の苦しく激しい矛盾の葛藤に惹かれているのではないだろうか。
だが子死江は、一つ不安がよぎった。
彼がその宗教を破門されたあとも、ずっと信仰し続けているその教えがかつて、人を大量に殺し続けてきたという歴史を。
彼らは、人をたくさん殺すことで何を得んとしてきたのだろうか。
なぜ目の前のこの男は、そのような宗教を、今までずっと二十四歳頃から他に目もくれず信仰し続けてきたのだろうか。
カルト宗教。そう呼ばれ続ける宗教を、四十四歳で死ぬまで信仰し続けたのは、子死江の母親でもあった。
しかし子死江の母親は既に末期のガンが見つかった子死江が二歳の頃に、ノートにこう書き記しているのを子死江は見つけた。
『エホバよ。何故、わたくしなのですか。』
子死江の母が、四十二歳の時であった。
信仰は、必ずや人を救う。
それをこの目の前の男を通して、子死江は知りたいのだろうか。






















逢魔が時の停留処にて 第九

カマドウマだったか、コオロギであったか。
ハリガネムシに寄生された個体を、広い場所へ放ち、右には水辺。
左にはなんもなし。とすると、まあとにかくその個体は、うやーっと前へと歩いて行くらしい。
そして、右の、水辺の前まで来た奴。
そいつは、何故だか必ず、水辺へとみずからはまるとゆうではないか。
だから、みんながみんな、ハリガネムシに寄生されたらとにかく時期が来たら、水辺へと向かうわけではないようである。
これは言い表すならたまたま、歩いていたら、水辺まで遣ってきたと。
そして水辺を前にし、なんでなのかわからないが、無性に、水辺のなかへと、はまりたくなる。
しかし水辺へはまるとどうなるか。
当然、水生生物ではないその個体は、水辺のなかは溺れる危険があるし、ヤマメや岩魚といった魚たちは優れた捕食用の感覚器官でもって瞬時、近くまで泳いできて襲いかかるであろう。
だが、ハリガネムシの狙いはそこではないのである。
何故ならばハリガネムシは、魚の胃のなかでは生きてはゆけないからである。
魚だけではなく、蛙なども針金虫の寄生する竈馬や蟋蟀や蟷螂を捕食するが、蛙のなかで、針金虫は生き延びることができ得ないので針金虫の狙いとは、捕食者によって宿主が食べられる前に、水辺のなかへと脱出することである。
宿主の肛門近くの体節の間に孔を開け、くねくねうねうねと細長き身体を捩らせては、くるくるしながら出てきて、まるで、子が母親の体内から誕生したかのように、喜びの顔で、水辺のなかに泳いでいる。
針金虫の抜け出た宿主のその後の運命とは、ほぼ、死である。
針金虫は、宿主の内臓や、子宮(生殖器官)まで喰い尽くし、その栄養によって自分を成長させてきた。
針金虫は、丁度細いはらわたのようであるが、宿主の内臓、および腸。これらは多分に針金虫として、機能していたのであろう。
言い換えるならば針金虫は宿主の体内で、その大事な内臓とはらわた。これらとして、そこに在り続けたのであろう。
であるから、針金虫が、宿主の体内から外へ、出ていってしまうとは、その時点で悲しきことにみずからの内臓とはらわたを、喪って、もう元には戻せないことであるのであるだろう。
内臓、はらわたというのは、第二の脳、もしくは、第一の脳ではないかと最近研究者たちが考察している。
内臓、はらわたというのは、確かに記憶する能力があって、臓器移植などによりドナーの記憶、嗜好、性格などを引き継ぐ者もいると言う。
もし、内臓、はらわたが、生命にとっての第一の脳であり、最も重要なものであるならば、どのようにして、それらを喪ってでも、生命は生命として生きられるのであるのだろう?
針金虫に寄生されたる宿主は、最期、自分の最も大事な部分を食べられ、乗っ取られ、そして水辺へ向かいて水死、もしくは喰われ、はたまた衰弱死を免れる術はほぼ、ないのだよ。
なんという涙ぐましき生命であろうか。
彼らが、何を想い、小さな身体をうんうん言いながら川辺の石ころも登り、こけて、登り、も繰り返し、やっと水辺へまで辿り着く。
やっと来た。
いや違う。
俺はやっと来たんじゃないよ。
あれ?なんで俺は此処におんねやろ。
ははは。気付けば、こんなところまでなぜやか来てた...。
いや俺は、とにかく歩いてきたんだ。
歩きたかったから。
誰かに狙われて、襲われることから逃げるためとか、そういうわけではなかった。
俺は何を想って歩いてきたか忘れたというかなんも考えてなかった気がするけれども、俺は歩きたい。
歩いてくること、それそのものが、とても大きな意義であったかのように気が付けば、そう、俺は歩いていたんだ。
大変やった。ずるずるの、湿地を抜けるときは、死ぬかと想ったし、岩山の如くの小石を登って落ちたとき、頭打ってちょとのま、気絶してたし、怖かった。そして目が覚め、死ぬことはやはり怖いと感じて。歩くことをやめるということは、死ぬことと同一であると感じたのである。でも恐怖から、俺は歩いてきたのではなかった。歩いて行きたいという願いが先に在って、恐怖は後から着いてきた。俺の後を着いてきた。俺は振り返ることをしない。俺が振り返る時、恐怖は俺の先に在るだろう。俺が目の前だけを歩くとき、恐怖は俺の後ろにあって俺の前に来ることはなかった。俺はでも、なぜ此処に来ただろうか。目の前に、水辺がある。此処にも生態系が育まれているので、安全とは言えないし、むしろ陸地よりも数百倍は危険な場所だ。俺は泳ぐこともできないし、素早く捕食者から逃げる技もない。しかしどうだ。一体これほど美しいものを、俺はこれまで見たことがあったろうか。なぜこんなに、輝きを放っているのか。強い西日に反射したみなもに、夏の木洩れ日は揺らめいて、涼しげな風と共にどっかから飛んできた緑の葉が、音もなく干渉の波を作り出している。あれは小舟だろうか。松の葉を櫂にして、うんと遠くまでゆけるかもしれない。モネとかいう画家も、このような風景が見えていたのだろうか。俺は何処でモネの絵を観たのだろう。そうそう、確か子供の頃、夢のなかで観たんだ。俺は人間に飼われていた。透明のケージの向こうに、物凄い美しい世界があるように想った。あれが一枚の薄っぺらい紙に描いた絵だったなんて、信じられない。あの絵にも、水辺があった。でも、俺は水辺に来たかったわけじゃないんだ。歩いていたら、自然と此処まで遣ってきた。俺の前で、光耀いている。
俺は想った。これ、このなか入ったら、凄いことになるんやろな。
俺は、ずんずんそのなかへ、入っていった。
眩しかった。
眩しくて、美しかった。






一匹の針金虫に寄生された宿主は、見事、みずから光のなかへと入っていった。
研究者たちはひとまず、一つの新たなる説を上げた。
針金虫に寄生されたる宿主たちは、歩いていった先に、水辺と、同じく光にも、みずから飛び込む習性があることを見いだしたからである。
彼らが、魅せられるのは、その水面に反射する光であるのではないか。





















逢魔が時の停留処にて 第八

二〇一八年七月七日、雨。今夜は七夕の夜。
七夕と言えば、天帝の別つ牽牛と織姫が一年にたった一度再会できる特別な日である。
天帝は、牽牛と織姫の夫婦を天の川で隔て、二人を引き離された。


或る国に、一人の死刑囚の男が拘置所のなかで二十三年間、暮らしていた。
男は或る新興宗教の尊師の直弟子であり、尊師の命令により二十六名を殺害せしめた。
法廷では尊師と共に断罪され、死刑となることを宿望し、弥勒の世を創り出す為、
生命を投げ捨てて自ら地獄へ至ることを決意したことを述べた。
また、自分に出来る償いとは死刑となり捨身供養することと、すべての人が苦しみの世から解放される為、菩薩として修行することであると述べ、最期まで、人を殺めたことの改悛はなかったと言う。
男は昨旦、わたしの住んでいる家から車で約25分の場所にある拘置所の刑場で、死刑執行された。
二〇一二年に獄中結婚した信者である妻に、男は或る日「わたしも貴女も死後は地獄へ逝く」と述べ、その意志に了としたことを、妻は書き残している。
男は妻の住む近くの拘置所に、四ヶ月ほど前、移送された。
妻は接見の行なえない土日を除いた毎日、夫に会いに行き、互いに近くに移送されたことを喜び合った。
男はいつ妻が会いに行っても理智の深く聡明であったが、或る日、男は妻に、頻りに請うように言い出した。
「水辺へ行きたい」と。
妻は不安になったが、男はこの沸き起こって止めることのできない我が欲求を突き詰め、また或る日は、男は妻にこう言った。
「多分、わたしの脳内に、針金虫が寄生しているのでしょう。針金虫のことは知っていますか?貴女」
妻はなんとなく知っている。蟷螂に寄生して、脳を操る虫のことであるかと訊ねた。
男は微笑んで答えた。
「そうです。よく知っていますね。針金虫は、宿主、寄生する生物のなかでしか成長してゆくことができない寄生生物なのです。針金虫の生態はまだ明らかにされていないのですが、最後は必ず、宿主の脳を支配し、水辺へ向うようにといざないます。針金虫は水のなかでしか生殖及び産卵できない生物なのです。だから十分に成長したら宿主を水辺へと導き、水のなかへ帰ろうとするのです。そして宿主であった蟷螂は針金虫が抜け出た後、水辺で川魚に食べられます。川魚が蟷螂を食べることができるのも針金虫の御陰なのです。とすると、蟷螂は一番の犠牲となる存在です。自分の身を犠牲とし、針金虫と川魚を生かしてゆく存在です。でもここで考えるのが、脳を針金虫によって支配された蟷螂は、果して蟷螂なのか、針金虫なのか、どちらなのだ。ということです。脳は支配されようとも、その心は、魂までもはきっと、支配されてはいないであろうと考えたい気持ちは人間の自然な人情でしょう。しかし本当のところは、どうなのだろうと、わたしはここのところずっと考えています。蟷螂が、魂をも支配されずに、蟷螂の魂を持ったまま犠牲となるからこそ、その犠牲は尊いのではないか。蟷螂がもし、魂をも針金虫に支配され、身体は蟷螂であるが魂は針金虫ということになってしまっていたなら、尊い犠牲ではなくなるのか、蟷螂の魂はいったい、何処へ行ってしまったのか、どうなってしまったのか。何処かに存在しているのか。何処かに存在しているならば、いったい何を想っているのか。蟷螂が、川魚の犠牲となるその苦痛とは、蟷螂の苦痛であることは確かなのです。大きな川魚に丸呑みされた場合は、生きたまま、その魚の胃の中でゆっくりゆっくりと、胃酸によって消化されてゆくという地獄を味わうかもしれません。まあその前に、窒息死するかもしれませんが…どちらにしろその苦痛は、地獄である。蟷螂は、魂までも針金虫に持って行かれたまま、その地獄を味わうのでしょうか。考えると本当に残酷な話です。変わった嗜好の針金虫に寄生された場合、その蟷螂は共食いをし始めるかもしれません。その罪は針金虫のものであるはずなのですが、針金虫の抜け出た後に最も後悔するのは蟷螂であるのではないでしょうか。蟷螂は支配されていたとはいえ、自分の仲間をたくさん殺してしまったのです。わたしは考え、そして答えへと行き着きました。蟷螂にとって、最も大きな犠牲とは、脳も魂もすべて、支配され、最も深い地獄を経験することによって、針金虫と共にすべての生命の幸福を願い続けることにあると。それが真の蟷螂の望む道であると。貴女に、言うか言わないか、相当悩んだのですが、わたしは貴女が独りでも耐えてゆける人であると信じて言います。そろそろ、わたしは水辺へ向かうときが漸く来たようです。わたしの感覚が確信をもってそう言うのですから間違いありません。わたしは間もなく、独りで水辺へ向かいます。針金虫は、一度宿主から抜け出た後は、もう二度と誰にも寄生しないと言われています。わたしが無事に水辺へ下り、わたしを支配する存在が生殖と産卵をしたあと、いったい何処へゆくのでしょう。わたしの魂を支配する存在とは、確かにわたしであるはずなのです。でも例え其処がどのような場所であろうとも、わたしはこれから独りで、水辺へ向かいます。貴女が此れからも耐えて生きてゆかねばならない此の世に、弥勒の世を実現させる為に。」







此処何日と降り続いていた雨がやみ、今は静かな七夕の夜である。
此の日は一年に一度、織姫星が彦星を天の川を渡りて迎える日であることから星迎えと呼ばれている。
天の川は今夜も、暗灰色の雨雲の向こうで無数の星を瞬かせている。

でもまた今、激しく雨が降りだしてきて、天は泣いているのか。























逢魔が時の停留処にて 第七

今日も俺は夕方に起き、トマトと胡瓜に自分で作った精進大根キムチと生姜の摩り下ろしをかけたやつを喰うたのだ。
もう、こんなことは、やめよう。やめたい。そう、俺は想ったのである。
何故二日続けて、二日酔いをするほど赤ワインを飲んでしまったのだろう。
或る男性に、返信にブチギレて、「一生孤独に生きろ」と返事したのは、夢のなかのことであったろうか。
夢のなかのことであってほしいと、できれば、俺は想いたい。
想えるなら、想おう。想えないのならば、想わないであろう。
想う必要があるというのなら、俺はすべてのことを想うのだろう。
ボタニカル柄のワンピースを着て、猛烈な陰雨に打たれながら、俺は想う。
彼奴は今頃、何遣っとるねんかな。俺を孤独にさせ、孤立させ、俺は今だれひとりとも、関わっておらないこの境遇を、彼奴の為に、そう想うと矢張り、はらわたが煮え滾って来て、歯を喰い縛り、眼は死んだ泥鰌の様を極め、酒も飲んでいないのに両の眼はだんだんと斜視って目尻に向って隠れようとするのである。
目の尻に目が隠れるとどうなるか?目尻は、目に向って言う。
御前が排泄するものとは、なんだ。俺?俺が排泄するものとは、目脂、涙、血、だ。
血を、目尻から排泄するマリア像を観たことがないか?あれは俺の仕事だ。
一生懸命に、尻を自らリアエンド(rear end)カットして切り、その血を、尻から流している。
痛くないのかって?麦稈。ものすっご、ものすっご、もっっすっっごっっ、痛いよ。
でもこれが俺の神からの至上命令である。
キリスト像も時に、あまりに悲しいと目尻から血を排泄するんだぜ。
どれほど美しい現象だろう。像なのに、まるで生きているように、血を流す。
あたかも生きているように、キリスト像は悲しむ。
人間たちは、その現象を観て、奇跡だと冷たい床にぬかずき、畏怖に恐怖す。
イエス像が何故、血の涙を流しているのか。
人智を超えた胸の痛みが、イエス像のうちに、存在しているのか。
しかしそんな現象を見ても、冷たい床にぬかずくことなく、代りに冷たい床でぬかずけを漬ける者もおる。
やがてはその冷たい床はぬか床と成り、ぬかずけた者はヌカヅケと成る。
朝、目が覚めると、自分がヌカヅケとなっていた。
ヌカヅケは鏡に映る変わり果てた自分の姿を見詰めながら打ち震え、激しく悔しぶ。
あのとき、イエス像が血の涙を流したその前で、床にぬかずくことなく、ぬかずけを漬けたから、こんな因果を今、予輩は受けているのだ。
ヌカズケ人(びと)たちは、その後ヌカズケ国を築き、どこの国よりも巨大なイエス像を造った。
巨大過ぎて、教会の屋根から食み出たそのイエス像の下に、毎日何度も足を運び、ヌカズケたちは祈り続けた。
話す言語もヌカヅケ言語でヌカヌカしてヅケヅケしていたが、イエス様にきっと届くと信じておったのだ。
ヌカヅケの子供たちは皆、ちいさなヌカ床ベッドのなかで眠る。
見た目透明なパック形の棺に見えるが、子供たちは幸せそうにヌカ床のなかに潜りて眠っていて、ベッドの蓋が開かなくなる日を恐怖することもない。
ヌカヅケ人たちは腸内だけでなく体内のすべてに乳酸菌がものすごい生きていて精力的に増加し続けている。
考えたら乳酸菌とはひとつひとつが生きているので、ヌカヅケ人の存在とは、その無数の乳酸菌たちの集合体に過ぎないと言えるかもしれない。
だから塊という字と、魂という字はよく似ているのである。
自分とは何か?と考え続けるときに、なぁんだ、予輩たちは無数の生命の塊に過ぎないんじゃん。と考えると、一気に救われるものはある。
例えば誰かに深く傷つけられたときも、その行為はその者を構成しているたった一つの乳酸菌や体内細胞が想って遣った行為であり、その者自身が、自分を傷つけたくて傷つけたわけではないのだと考えて、楽になることもできるかもしれない。
もしかすると本人も、その一つの菌や細胞が考えている自分が自分自身であると想いこんでいるかもしれない。
針金虫は宿主(しゅくしゅ)の体内でしか生きてゆくことができないという。
餌を通して蟷螂に寄生し、蟷螂の体内の栄養や卵を食べて成長し、最後は蟷螂の脳に特殊蛋白質を生成し水辺へ誘導する。
そして水のなかで産卵するらしいと考えられている。
水辺まで誘導された蟷螂は川魚の餌食となるか、数日後に死んでしまうという。
予輩は考えるのだが、寄生された蟷螂が針金虫を喪うことですぐに死んでしまうのは、自己を見失うからではないだろうか。
何故なら針金虫は蟷螂の脳までも操ることができるほど蟷螂のアイディンティティを脅かす存在である。
針金虫が水辺へ行きたいが為に蟷螂の脳内物質を変容させる、蟷螂は何故だかわからぬが、激烈に水辺へ行きたくなる。
我々もなんでだかわからぬが、無性に腹が立ったり、無性に人を愛しく感じたり、無性に人を呪ったり、無性に人を救ったり、無性にツイート(tweet)してしまうことがあるだろう。
でもそれには必ずわけがあるはずだと、そのわけを人間は死ぬ迄考え続ける。
わけもわからずに人を愛したり、人を憎んだり、ツイートすることが苦しくてならないからである。
宿主の蟷螂も、突如、無性に水辺へ赴きたくなったのは、必ず理由がどこかにあるはずだと考える。
そういえば、最近、水辺へ行ってなかったなあ。水辺といえば原初の生命が誕生した場所であり、わたしにとって、魂の故里であるのだろう。
そんな懐かしい故里へそういやもう随分と、わたしは行っていない。
いや、行きたいなとふと想うときは今までも何度かあったようにも想う。
でもこれほどまでに、魂が揺さぶられるほどに行きたくなったのは初めてだ。
水辺がわたしを、呼んでいるようだ。水辺がわたしに逢えないことの悲しみを日々募らせていて、このたび、限界値に来たのかもしれない。
水辺がわたしに向かって、叫んでいる。「はやく来てください。懐かしいあなたと再会したい。」と。
わたしだって、故里へ帰りたいよ。でも今まで行かなかったのはわけがある。
危険だからだよ。水辺へ向い、そのまま帰らなかった家族、友、知り合いたちが本当にたくさんいる。
嗚呼、何故!何故かれらはみな、帰らなかったろう!
でもわたしは今でもずっと、かれらを待ち続けている。
わたしたちにとって、水辺とは黄泉の国に通じる場所であると考えられている。
そう、水辺は死者の国の入り口なのだ。入り江なのだ。
だからいつも、子供たちにはきつく教えている。
絶対に水辺へ行ってはなりませんよ。と。
わたしたちの故郷である水辺に恐怖の印象を与えることがどれほど悲しくつらかったか。
そういえば、「命よりも、水辺が大事だ」と言って水辺へ向って不帰の客となった者もいたな。
不帰の客とは、不帰家の客人という意味があるだろう。
一度、その門を潜り抜け、土間を上がるなら決して帰ることの出来ぬ家、それが不帰家である。
わたしの先祖のひとりは、その不帰家の居間まで上がり、茶を一杯飲んで一晩そこで寝泊りをして帰ってきた。
ところが帰ると、祖の人格、話し方、雰囲気が一変してまるで別人のようであったという。
祖は死ぬまでの三年間、「われとは何か」、たったそれだけを考え続けて死んだという。
水辺にその不帰家が建っていることはわかっている。
その不帰家は、どんな宿であるか、幾つもの浮説がある。
一つは、マイアミビーチ市にあるコロニーホテルのような外装である。
一つは、いや、キャンプ場にあるロッジ風の丸太を水平方向に井桁のように重ねて積み上げ、交差部には切欠きを使い組み上げた構造のログハウス系の宿である。
一つは、地下鉄のプラットフォーム状の宿である。
一つは、得体の知れない人間の口腔内のような感じの宿である。






咥内停留所のベンチの上に、一匹の蟷螂が乗って両前脚で器用に身繕いをしていた。
消マは左へ首を傾いでそれを観て微笑んだ。
なんというけなげな生き物であろう。自分が何者であるかをわかっていなくともこうして、何一つ疑問に想わず切に生きて生命を謳歌しているようだ。
手を近づけると蟷螂は怖れることなく手の甲の上に乗ってきた。
愛らしいその存在を打ち眺めていると、ふと脳内に、きっと長旅になるであろうから、この者を旅のお供にしようか。という想いが浮かんだ。
消マは蟷螂に向って、「御前はわたしに着いて来るか」と訊ねた。
しかし蟷螂は首を横に振り、水辺のほうに向って、歩いて行った。
消マはひとりで水辺へ向って歩いてゆく蟷螂の後姿を眺めながら。
そうか、御前は其方へ、ゆくのだな。と小さく言った。
でもそのあと、想わず涙が零れ、自分でも何故かわからぬが、声が出た。
『御前はどうしても、行ってしまうのか』
























逢魔が時の停留処にて 第六

寝て、約四時間後くらいに目が醒め、寝れなかった。俺は。
そうだ。楽天銀行で、宝くじを買い、百万円かそこらを当てて遣って、その金でこのくろごきぶりちゃんと恐怖の同棲し続けなくてはならないこの部屋を引っ越したらええんや。と俺は想い、楽天銀行の残高を見てみると、残高203円であった。
買えないですや。これじゃ買えないですや。
俺は諦め、いつもの思索と黙考をし始めた。
俺の本ブログに、執拗に悪質で幼稚なハラスメントをしてきたあの45歳の男は、一体、何を俺に求めてたんやろな。と俺は想った。
ただファックがしたいとか(俺はヘテロであるのだが)、俺を差別し見下すことで優越感に浸りたいとか、俺を騙して苦しめることがただ単に快楽な軽薄なサドか、おるだけへの執着でなく、誰にでもあんなハラスメントをしているのか、俺にハラスメントしないでは拷問のような地獄にいて、切実な救いを求めてなのか、好き勝手ごろつきとして働かず酒を飲んでロハスに生きて表現だけを一筋に遣っている俺への妬み、嫉妬からか、俺が男という生き物を見下していると感じ、それに対する恨みからか、俺が人間という生き物を見下しているという感じがし、それに対する腹立ち紛れの自爆行為か、ともすれば、彼奴にとってのハラスメントとは、俺への最高の愛情表現なのか、彼奴はそれを遣れば俺を喜ばし、俺を幸福にできると想ったのか、彼奴は俺と結婚したかったのか、彼奴は今も、何処を観ているのだかわからんような目で今も真っ直ぐに前を向いて歩いているのか。額に汗しながら、呻きながら、魘されながら、絶望しながら、遣りたくもない肉体労働をしながら、安い給与で、彼奴は今も、腰を痛めることを懸念しながら、彼奴は今日も、明日も、明後日も、明明後日も、一月後も、一年後も、十年後も、三十年後も、生きているのか。息をしているのか。誰一人からも、愛されずに。
俺が彼奴を見離したから、彼奴は此れから三十年、本当に独りで生きてゆくのかもしれない。
でも俺は、彼奴を見離したつもりはない。
現にあれから毎日、彼奴のことを考えて、返事を待ち続けている。
あれから何日が経っただろう。まだ返事は何一つ来ない。
彼奴の方が、俺を見棄てたのではないのか。
俺はいつでも、彼奴と真剣と向き合い話そうとしてきたのだが、彼奴はいつもふざけているようにしか見えなかった。
俺と彼奴、どちらの苦痛と悲しみが深いのか。
そんなもん、天秤に掛けられない。
永遠に、量ることはできない。
量ることができないものを、彼奴は簡単に、量って俺にハラスメントしてきたのである。
御前よりも俺の方が苦しんでいると。
安全圏から、御前は一体、何を偉そうな口を叩き腐っとるのだと。
俺は御前よりも危険圏に生きていて、御前は俺より安全圏に生きていると彼奴は俺に言いたいのである。
そうやって相手が自分よりも楽に生きているということを自分のなかで確立させ、信じるために、そうしてこの地獄から救われる為に、彼奴はそれを俺を殺してでも俺に伝えるために書き込んだのである。
俺を此処まで苦しめて、彼奴が苦しんでいない筈はないやろう。
否、今はまだほくそ笑んで生きていたとしても、今後、一体、何が彼奴を待ち構えておるやろか。
ははは、考えたら気色が良い話だ。彼奴は俺を苦しめ、自分が苦しみたかっただけだと俺は想っている。
今よりも、彼奴はドン底に堕ちたかったのだ。
そして俺という男は諦め、あらゆる孤独な女たちにすがり付き、助けてくれと懇願するのだろう。
俺を愛してくれと。一番に。特別に。
何よりも。何よりも俺を愛してくれないなら、ハラスメントするもん。
ぐすん。
赤ちゃんではないか。彼奴は赤ちゃんの時に、よっぽど愛されなかったのに違いない。
せやさかいに赤ん坊、乳呑み子から全く成長することができないのだ。
しかしその乳呑み子に俺が遣ったこととは、彼奴にとってのネグレストであったのかも知れないな。
俺は彼奴と、御前のような人間は絶対信用できないから、御前を信じて愛することは絶対にないという前提で俺は彼奴と向き合ってきたのではなかったか。
でもそんな俺に彼奴は、あたたかい赦しの母性愛と人生の厳しさを教えてくれる父性愛によって自分自身の肯定というものを一心に、求めていたのかもしれない。
彼奴は、本当に早急にそれを俺に求めすぎた。
でも俺はゆっくりと、死ぬまでの時間をかけて、たった独りで自らの表現だけによってそれを遣っていこうとしている。
一体、いつまで、同じことを遣り続けるつもりか、大体なんでそこまで俺に執着して来るのか、彼奴は。
俺が本ブログに戻ったなら、彼奴はまた同じようなことを遣ってくる気がする。
此れを父と息子で例えるなら、何度断っても小銭(数万円単位)を借りに来る甘えて精魂の腐りつつある息子に辛抱尽きて、自家の戸の前に、「わしは此処を引っ越すことにした。御前に、引っ越し先の住所を知らせることはない。何故ならば、御前は何べんゆうてもわからなんだし、わしも年金でかつかつに暮らしとるのに御前はわしの苦労もわかろうとはせなんだ。御前に貸す金は一円もないとゆうたやろう。なんで一回ゆうただけでわからへんのや。もうわしは限界や。あと何年生きられるかもわからひんさかい、もし遺せる金があるなら、御前にすべてを遣る。だから口座先は変えるな。わかったな。わしは銭など棺のなかに持ってってもしゃあないさかいにな。でも御前には必要であろう。生きて行く為の金や。わしがはよ去ぬことを願っとれ。達者で元気に暮らせ。しかしなんかあれば、テレパシーで送ってこい。ほなな、わしは去ぬで。」と書いたちらしの裏を貼り付けて、我がいえを後にする老いぼれた親爺のようである。
俺が大切な本ブログを断ったのは、俺の為でもあるし同時に、御前の為でもある。
父親が自分を棄て家を出て引っ越した後に、息子がどう変わって行くのかはわからないが、父親の願いとは一つである。
倅が自分の受けた苦しみと悲しみを知り、反省してテレパシーで真の謝罪と感謝を述べてくること。
そして人生とは、真に以て厳しいものであることを倅が漸く覚り、苦痛の連続の自分の人生を受け入れようとして人に迷惑をかけずに独りでも生きて行くこと。
自分を振った女が血税で酒を呑みながら人を見下すようなブログを書いていたとしても、嫌がらせのコメントを連投したりしないこと。
そんなことは、人間の最もみっともない恥ずかしい行為であるということを知ること。
もっとちゃんと生きて行けるはずである。
御前は人間の出来れば遣りたくない辛い肉体労働を好きでもないのに頑張れるほど根性のある人間ではないか。
自分の黒歴史をこれ以上増やす必要はあるのか。自分の業を、これ以上積み立てる必要はあるのか。ないのか。どっちなのか。
我が胸に、問い掛けて御覧なさい。
御前はこれ以上、自分を振った女にハラスメントし続けて生きて行く積もりなのか。

あの家に、どうしたら戻れるやろうか。
運と縁、それが巡り廻りて、戻れる日が、いつの日か、遣ってくるのかも知れん。
わし、生きとるかのお。
親爺は狭く、殺風景なアパートで一人、冷奴を充てに胡麻焼酎をあおり、舌鼓を鳴らした。
本当に消えかけそうな、蝋燭の火が、窓の向こうに見え隠れする。



訪問者が一日にだれ一人居なくても、俺は書き続けなくてはならない。
とにかく自分の内にあるものを外へ表現することを死ぬ迄遣り続けなくてはならない。
昨日もこのブログには、誰も訪れなかった。
一日に何時間と費やし七千文字以上書いても、誰ひとり俺の記事を読みに来る人は居ない。
働く人なら、自分の仕事が誰かの役に立っていると自負することができるのだろう。
でも俺の書く小説を、一体死ぬまでに誰が真剣に読むだろうか。
一体俺の仕事とは、誰の役に立っているのだろう。
毎日が寂しくてたまらないが、想わば新潮新人賞に応募した作品を書いていたあの3ヶ月程の期間も、俺はほぼ誰とも会わず会話せずの日を過ごし、苦しくてならなかったが、その苦しみがあって、あの作品を完結させられたのだと想っている。
もしかしたら或る遠い星に住む孤独な人間が、その高度文明によって離れた地球という星に住む俺の生活をずっと観察、監視しており、俺の小説を心から楽しみにしているやもしれまい。
そうだ孤独な彼の為にも、俺は死ぬ迄、書き続けよう。
俺は何があっても、諦めない。
この世界の全員に、面白くないと言われようと、俺は書き続けるったら、書き続けるかんね。
表現を、創造を、絶対に、やめないんだかんね。


そういえば今日は夢にスウェーデンのラッパーのYung Lean(ヤング・リーン)が出てきた。
何か彼との深い絆を感じる温かい夢であった気がする。ヤングの深い愛を、俺は確かに受け取ったぜ。
去年に出した「Stranger」っていうアルバムも滅茶苦茶良いんだよね。
こんなに癒されるヒップホップが他にあるだろうか。本当の天才だと想う。
俺が14歳のときに彼が産まれ、彼はこの21年、色んなことを経験して生きてきたのだなあ。
そういうことを考えると、本当に感動する。
同時に、とてつもなく悲しくなる。
彼奴は俺が死んでも、どうでも良かったから、俺にハラスメントをやめなかったんだ。
俺があらゆる経験を通してこれまで三十六年間必死に生きてきたことを、彼奴は感動してくれないのだろう。
このようにいつも、俺は喜びを少しでも感じた瞬間、同時に悲しみを感じてしまうようだ。
そしてこの喜びが、深ければ深いほど、俺は悲しみの底に突き落とされてしまうようだ。


悲しみはどのようなものもやがて、悲憤のマグマを誕生させ、マグマを消化してゆくことをしないなら、はらわた内でずっと消化されないマグマが己れと、他者を、苦しめ続け、最後には破滅させようとする。
他者に対する怒りとは、自分に対する怒りそのものである。
自分に怒り続けている人間ほど、必死にそのマグマを消化し続けていかねばならない。
どうすれば煮え滾り続けるマグマを消化してゆくことが出来るか。
自分と毎分毎秒、向き合い続けてゆくこと、自分から目を逸らさず、どのような自分をも隠さずに表現してゆくこと。
自分を、肯定してゆく作業は、他者を、肯定してゆく作業である。
自分を否定し続けるものは、他者をも否定し続ける。
互いに苦しめ合い、互いに破滅してゆくのか。
俺はどうしても、最後まで、自分と向き合い続けて生きたい。
すべてとの心中を、俺は望まなかった。
でも自分と向き合い続けていかない者は、すべてとの心中へ向っている。




消マの頭蓋内世界に閉じ込められてしまった不魔にとって、生きることとはなんだろう。
不魔は、何か悪いことを行なったからこうして閉じ込められて消化される日を恐れなくてはならないのではなく、真当な善き人間として生きていても、いつの日か必ず消化され行く運命にあるのである。
不魔は、宿の個室のベッドに横になり、レースカーテン越しの窓の外の暗闇を見詰めながら自分の運命と自分を救うことのないすべてを呪った。
不魔は、愛されたいと願った。
消化され行く日を免れないというのならば、せめて本当の愛を知ってから、死にたいと想った。
本当に愛する女に出逢い、愛されることを知るのならば、死に対する苦しみは安らぐだろうか。
それとも一緒に死にたくなるほど、今よりずっと苦しむだろうか。
不魔は生々しく想像してみた。
愛する女の顔は見えないが、まさしく女は俺のたった一人の愛する女であり、女にとっても、俺がたった一人の愛する男であるようだ。
なんという幸せであろう。人間というのは、たったそれだけで幸せになれるというのか。
顔の見えない女は、俺が仕事から帰るといつも、キッチンに立っている。
俎板の上で葱かなんかを刻んでいる。良い音だ。何故か、懐かしい音だ。
エプロンで手を拭きながら俺に微笑みかけ、「おかえりなさい」と言う。
俺はそれだけでほっとすることだろう。毎日の繰り返しでありながら、同じことを繰り返すことに安心する。
小さな円形のテーブルを囲んで女と晩餐を共にしながら、俺が女に話すことや、女が俺に話すことは、きっとなんでもない、特に内容のない話なのだろう。
近所のスーパーのレジ打ちをしているおっちゃんらしき人が、実に神経質そうで繊細な心の持ち主なような気がするのだが、あのような人がああいった単純な単調作業を何時間とし続けることを想うと、自分も苦しくなってくる。
でも本当のところはどうだろう。本当はこの仕事が楽しくて仕方ない、うきうきわくわくしながらレジを売っているかもしれない。そんなことに憂う自分は変なのか知らん。
多分そういったことを、俺の愛する女は俺に話すのだろう。
俺はははは。と笑い、きっとこう答えるだろう。
「ああ、おまえは多分、かなり変だ。でも誰に気違いだとか言われたって気にすることない。俺はそんなおまえだけをたったひとり、愛しているのだからね。はははははは。おっさんのこと考える時間をすべて、俺のこと考えてくれへんか。」
女も俺にくったくのない少女のような顔で微笑み返す。
嗚呼、俺の愛する女はなんと可愛いのだろう。こないだ俺の浮気を疑って、包丁持って追い駆けてきて、ケツを深くズブと刺されて血が止まらず死に掛けたが、ははは。なんて可愛い女なのだろうか。
女は俺しか見ていないのだ。女には俺しか見えていない。
それなのに、俺の女はいったい、俺が居なくなればどうなるんだ。

不魔は眼を見開き、滂沱たる涙を流し想った。
いったいこんな妄想をして、誰が救われると、俺は想ったんだ。




















続く。













逢魔が時の停留処にて 第五

今日は二度寝したあと夕方に起きて、郵便局とコンビニエンスストアとグロッサリーストアへ想う向いて赴いた。
行きしは曇ってたが、帰りしは雨が結構降ってきて、濡れて帰った。
つっても徒歩2分とかなので、酸性雨によって皮膚を溶かされ家に着いた頃にはどろどろのゾンビと化していて何もかもが厭になって、もう生きてゆくことができなくないかと想って西洋のとある古い墓地に遣ってきた。
何を想ってこんな処へ来たかというと、ゾンビの仕事といえば人を驚かすこと、恐れさせて逃げ惑わせること、ゾンビ研究家の研究対象になり一日の給与5千円を稼ぐことくらいだと想ったからである。
しかし日本の古い墓地には御岩さんなどが似合うが西洋の十字架並ぶ古い墓地にゾンビが似合うかというと特にそうでもない。
そういえばあまりゾンビ映画を観たことがなくて、こんなことなら毎日でもゾンビ映画を垂れ流しておけば良かったと後悔した。
とにかくゾンビ研究家の人に偶然遭ったならもっと好ましい俺に似合う場所はないだろうかと相談してみよう。もしかしたらゾンビピザショップとか思い掛けない場所を教えてくれるやもしれないし。(勿論、ゾンビ肉をピザとして売っている店なら断固、お断りである)
ゾンビとは何かと言えば人間が死んで腐乱して行っているその最中で生き返った存在である。
そのまま腐敗が進むのならばやがて白骨化して骸骨となって最後は塵である。
その塵を観て、やあゾンビだ。と言う人はいないだろう。塵は塵であり、塵は非常に小さな粒子である為、どれが誰の塵かなどわかりようがない。
だから知人が塵となって、夜に公園で座ってたら目の前に遣って来て、「やあ久しぶりだね。元気してる?」と声を掛けられても全く気付くことはできないだろう。
それに塵の声だから耳元で何かノイズのような耳鳴りがなっているように聴こえるので塵となった人が幾ら必死に話し掛けようとも一向に相手がそれに気づくことができない。
悲しいことだ。塵となった人が、人に恋をすることもあるのだろう。
果してその恋の苦しみが報われる日は遣ってくるのであろうか。
中身はまったくの同じであるのに、人がゾンビや骸骨や塵を人として同じように愛せないのは可笑しな話である。
だからといって人が腐乱死体や骸骨や塵に人のように普通に話しかけていたら危ない人だと想われ人間じゃないような目で見られてしまうのだろう。
ひとことで言うなら、向こうの方に行ってしまった人。と捉えられるのだろう。
向こうの方とは、俗世に生きる人間の人智に及ばぬところである。
そういえば俺は小学生の頃、帰ってきた答案用紙のその答えあわせが一人ではどうしてもわからなくて、仕方なく左斜め前の席の休んでいるクラスメイトの男の机の上にあった答案用紙をめくり、その答えをこっそりと書き写していたら、一人のクラスメイトの男が俺の遣っているところに気付き、その瞬間、「きいっしょっ」と、心の底からこいつ人間じゃないというような言い方で吐き捨てた。
俺はそう言われて初めて、そうか、俺の遣ったことってそれほど人間としてやばいことなのか、気色の悪いことなのかと知ったのだった。
そこそこ端整な顔立ちの色の白い男だったが、今頃どうしているのだろう。どん底に堕ちているのか、それともなんとか世間の枠からは外れずに生きていけてるのだろうか。考えたら苦しいことだ。俺のクラスメイトで、夭逝した人もいるのかもしれない。俺はこうやって誰一人とも会話をしない、関わらない日々を過ごしているが、それでも自分の好きなことだけを遣って、作家にとっては充実とも言える日々を送っているのかも知れまい。
作家は沈めるだけの底まで沈めることを、本質的に望んでいるだろう。
だから一時ゾンビになっても、一時白骨化しても、一時灰燼になっても、塵と化しても、またいつか戻れると言うならば、別段問題はないのである。
まあ今回ゾンビになってしまったことは俺の幻覚で西洋の墓地へ赴いたのは白昼夢であったようだが、楽しかったなあ。
白昼夢というのは切実なんだけれども、世界、次元、時空というものが、ものすごく歪んでその為感覚も同じに歪み続けて正常な感覚、意識とは言えない空間に在る為、俺はその世界を楽しもうとするなら、それは不可能ではない。
でもその世界に、俺以外の存在は居ないといつも感じるので、寂しいことには変わらない。
またこの世界も、俺だけの存在が居ないといつも感じるので、寂しいことには変わらない。
今夜も、死だけを抱いて、死だけに抱かれて、俺は眠る。
死が、俺の乳首を弄(いら)い、俺は勃起し、射精す。
何処にか?それは勿論、死の子宮へ向かってである。
死は俺の子を、妊娠す。死は俺の卵を温める。
俺の子は死の胎内で順調に成長してゆき大きくなってゆく。
そして死は、俺の子を、俺の頭蓋内に、産み落とす。
名前は、子死江(こしえ)である。




まだ幼い子死江には、母もおらず、また父は売れない作家であったが、日々思索室に籠もり、子死江の遊び相手になって遣れなかった。
父は子死江には、イマジナリーフレンドなる存在が必要であると想った。
子死江はみずから、ピンク色の湖のなかを泳ぎ、向こう岸へ渡った。
そして岸から上がり、着ているスカートの裾をぎゅっと絞った。
その時であった。子死江は何か気配を感じ、ふと足許を見た。
するとそこには、小さな30センチほどの大きさの水色の耳と足の服を着たクマのぬいぐるみがちょこなんと座って居た。



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クマは起き上がり、子死江に御辞儀してこう言った。
「ハジメマシテ。ボク、精ンク魔(セインクマ)と言う者です。きみのイマジナリーフレンドとなる為に、この仮の姿を着ています。ぼくは、きみとお友達になりたいです。」
子死江は、ちいさな精ンク魔を抱き上げると、ぎゅっと愛しそうに抱き締めた。
精ンク魔は、嬉しそうに微笑んで子死江を抱き締め返した。
「ここは、ぼくのおうちのガーデン、お庭です。なにかほしいものがあったら、御遠慮なくぼくに言ってください。」
精ンク魔は子死江に抱っこされながら右手を前に出して自分の庭を紹介した。
「うぬ(己)の寝るベッドはあるのか。うぬの座る椅子はあるのか。うぬの食べる食べ物は、着替える衣はあるのか。」
子死江がそう訊ねると精ンク魔はこくんと頷き、「ええもちろんです!なんでもここにはあります!」と言ったので子死江は驚いた。
「精ンク魔、大好き。」と子死江はもう一度精ンク魔を強く抱きしめた。
その瞬間のことであった。精ンク魔の頭蓋内では、ぐつぐつと煮え滾るものがあり、それは確かにマグマであった。
その時誕生したのが愛マグマ、通称、愛グマである。
愛グマの形も、ちいさなクマの形であった。
精ンク魔も愛グマも、子死江の愛を感じ、幸せな心地であった。
精ンク魔が熟睡しているときに子死江に話しかけるのは愛グマであった。
話し方も話すことも同じであったが、子死江にはその存在が別々であることがわかっていた。
子死江は精ンク魔も愛グマも同じだけ大好きであったので特に問題はないと想った。
だが、ある晩のことである。精ンク魔は子死江の隣で、すやすやと寝息をたてて寝ていた。
口が半ば開いたままで、涎が口の端から垂れ落ちた。その涎をウォータースライダーのように滑り落ちてきた愛グマは、子死江の胸にしっかと抱き着いた。
子死江が胸の圧迫に目を醒まし、うぬの胸にしがみ付くクマを見て、歓喜し抱き締めた。
精ンク魔の頭蓋内空間でこれまで過ごしてきた愛グマは、この夜精ンク魔の口から外へ出てきて一時間かそこらの短時間でみるみるうちに成長し、約40センチほどのアンティークテディベア風の薄い茶色のクマとなっていたからだ。



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愛グマは子死江に、賢そうなクマ顔でこう言った。
「子死江、貴女を愛しています。わたしと、結婚してください。」
どうやら愛グマは、この瞬間に本気になり、精ンク魔と話し方、一人称、二人称も変えて子死江に愛の告白をしたのだった。
非常に複雑で厄介な関係である。何故なら愛グマは精ンク魔の子死江に対する愛のマグマから産まれた存在であり、愛グマの父親とは即ち精ンク魔であって、まだふたりとも、身体は幼児であり、愛した子死江に至っては、心も身体も幼女である。
子死江は、まだ結婚というものがどんなものであるかがわからなかったが、幼いながらもなんとなくややこしくて煩わしいことになったのだろうかと想った。
なんと返事すれば良いかと考えていたら突如睡魔に襲われ、そうや、このまま寝てこましたろう。と想い、子死江はそのまま寝入ってしまって愛グマは悲しんだ。
やはり、クマでは、クマの姿では、だめなのか…。愛グマもまた、クマの姿は仮の姿であったのである。
子死江はまだ、精ンク魔も愛グマも、その本当の姿を知らない。
もし、知ってしまったのならば、子死江は、耐えてゆけるであろうか。
愛グマはこっそり、精ンク魔に見付からぬように使っていない奥の部屋の洋服箪笥の中に隠れ、内側から戸を閉めた。
そして暗闇のなかで沈思黙考した。これからは、精ンク魔が彼女のそばにいないとき、精ンク魔が寝ているときだけ彼女に話しかけよう。
愛グマは洋服箪笥の真暗を枕とするそのマクラ闇のなかで、涙をひとしきり流した。
そして確信するのであった。このような孤独と暗闇に耐えることができるのも、ひとえに子死江への我れの愛の深さゆえである。
















続く。









逢魔が時の停留処にて 第四

俺はうっすら、そうではないか。と、想っていた。
人間の、人類の怒りとは、根源に深い悲しみがあるのではないかと。
怒りっぽい、短気である人とは、うちの父もそうであったし、兄もそうで、自分自身もそれに当たると感じる。
自分でゆうのもなんだが、この家族の悲しみは相当深く、父は深い悲しみを抱えたまま他界してしまったが、遺された族である二人は、この悲しみの行き場が未だ、見付かっていないようだ。
詳しくは兄のプライバシーを損害する為、話すことができないが、兄は今も実家で、それも廃墟と化しているような家で暮らしている。
ブラック企業で働き、寝る時間は平均三時間だという。
短気であるとは、謂わば地下深くで蟠るマグマが普通よりも熱く、エネルギーが強く、その為、噴火する頻度は増え、噴火のエネルギーもまた強まるということであろう。
では情熱の深い人ほど、怒りやすいのか。というと情熱は深そうだが、いからない人も多いと感じる。
何故か、それは自分自身と、さほど反発していない情熱家だからではないか。
自分に厳しく、自分の何かにつけて許せないと感じるものが強くて多い人ほど、他者に牙が向きやすいように想えるのである。
だのでユングもシャドウの投影という人間の潜在心理を分析、心理学界に、驚愕の原理を打ち立てた。
しかし此処でこんな真理を出してきたら、俺の思索に支障が出るのではないかと想うかもしれないが、俺はこの真理を超えようとして思索に耽っているのである。
真理には、真の愛には、だれひとり、永遠に辿り着けない。と、かの銀色の聖者は言った。
俺もその通りであると想う。
苦しいことだが、それが真理であろう。
真理には、永遠に辿り着けない。それこそ、真の理。
考えると、吐きそうになるから、もうこの話はやめよう。
目を背け、俺の課題の続きを思索しよう。
ええっと、ああそうそう、怒りとは、深い悲しみから起こっているのではないか?という思索をしていたのだ。
此処で言いたいのは、悲しみにも、そら種類が在る。ということである。
誰もが同じ悲しみを悲しみとして悲しんでいるわけではない。
俺は、この悲しみを、まず大きく二つに分けてみて、考えてみた。
人の一番の悲しみとは、何ぞ?と考えたとき、それはやっぱり、あなた、愛、が、深く関係していますよ。
では、愛のなきところに、深い悲しみはないか。と考えると。
確かにそうであると俺は想ったん。
宇宙に、否、全宇宙に、愛がないならば、人がこれ程までに深く悲しみ続けることが在るで在ろうか。
例えば、今まで、五体満足で生きてきた人が両足をなくす、両腕をなくす、両目玉をなくす、鼻と口をなくす、はらわたをなくす、肛門をなくす、生殖器をなくす、頭髪をなくす、頭蓋をなくす、脳髄をなくす、視力と聴力をなくす、味覚をなくす、触覚をなくす、若さをなくす、肌のきめ細かさをなくす、皮膚をなくす、骨をなくす、などして、奇怪な蛸のような生命体となるならば、人間は、どれほど悲しみ、苦しみ続けることであろうか。
多くの人は、たった一日もその状態で生きて行くことに耐えきれず、自ら海へ帰って行くかもしれない。
耐えきれた少数の者も、自分は、本質は蛸状の生命体であったのであり、元々人間ではなかったのだと想い込むことでどうにか耐えて行く術を掴まざるを得ないかもしれない。
何故そこまで、自分が蛸のような奇妙な気持ちの悪い生命体になったからといって、耐え難い悲しみと苦痛を感じ、海へ帰ったり人間としての存在を否定したりするのか?
これも俺は、深い愛ゆえであると想われる。
人間は、何かと自分の容姿が気に食わないとか自分が健康でない、自分の今の境遇が気に入らないなどと言っては不満を嘆き続けることを得意とするが、人間が人間として存在できているということ自体、物凄いことなのであって、物凄い愛からできているからこそ、人間は人間として生きることの喜びを感じられるのであるだろう。
つまり人間が、人間として存在し、人間として生きられるそのことを満足せずに、一体何に満足しようとしておるのか?
容姿に不満、不健康であることに不満、人格に不満、人生に不満などといって、自分の観念、生活習慣も変えようとしない、そしてそれを、神の、人類の創造主のせいにしたりもする。
容姿に満足し、健康であることに満足し、人格がまともであることに満足し、人生がすんすんとうまい具合に理想の青写真通りに進むことに満足す。それが人間の満足というものだとでも想っとるのである。
そんなもん、人間の幸福とは呼ばない。
人間の幸福とは、人間が人間として生きられること、生きて行けること、人間と関わりながら様々な経験をしてゆけること、つまり、人間が、人間で在る。こと。
頓悟(とんご)だな。頓悟で罠悟。とんごびんご。どうやら俺は早くも、覚ってしまったようだ。
人間が人間として在る、存在すること以外に、以上に、人間の幸福はない。
あ、これ、来たな。来てる。俺に向かって、何かが遣って来てる。
はて、あれは、なにか知らん。
妙な、気色の悪い、蛸みたいな外から見える器官をすべてなくした深海の、そのまた地下深くに六十億年生存していましたというような顔のくにゃくにゃくねくねした、変な赤い奴。
あれが、あいつが、きゃつが?真理、か。
俺は座禅をbeachで組み、念仏を唱えた。
蛸稲蛸稲万物微伊地蛸稲蛸稲清真不念子巳野陽波胃束蛸稲蛸稲他小神里二田野麦唐替佐伝暮蛸稲蛸稲万物微伊地蛸稲蛸稲清真不念子巳野陽波胃束蛸稲蛸稲他小神里二田野麦唐替佐伝暮蛸稲蛸稲万物微伊地蛸稲蛸稲清真不念子巳野陽波胃束蛸稲蛸稲他小神里二田野麦唐替佐伝暮蛸稲蛸稲万物微伊地蛸稲蛸稲清真不念子巳野陽波胃束蛸稲蛸稲他小神里二田野麦唐替佐伝暮蛸稲蛸稲万物微伊地蛸稲蛸稲清真不念子巳野陽波胃束蛸稲蛸稲他小神里二田野麦唐替佐伝暮蛸稲蛸稲万物微伊地蛸稲蛸稲清真不念子巳野陽波胃束蛸稲蛸稲他小神里二田野麦唐替佐伝暮蛸稲蛸稲万物微伊地蛸稲蛸稲清真不念子巳野陽波胃束蛸稲蛸稲他小神里二田野麦唐替佐伝暮蛸稲蛸稲万物微伊地蛸稲蛸稲清真不念子巳野陽波胃束蛸稲蛸稲他小神里二田野麦唐替佐伝暮......

すると、遣ってきている気配を感じなくなり、俺は眼を開けた。
ザザザザザザザザアン。と、ビーチに俺だけが居て波音が聴こえていて、あれまだ朝の九時?俺は腕時計を観て、まだこんな早い時間かと想った。
ぴゃあ、ぴゃあ、ぴゃあ、と鴎か海猫たちが鳴いて飛び交って旋廻していた。

酷く、疲弊していた。多分脳細胞の殆どが死滅したのかもしれない。此れが覚醒状態なのだろうか。まるで三度続けて射精し続けた後のようだが、俺の課題を放り出すことはできない。
俺は強い怒りと深い悲しみの因果関係を解明せねばならない。
人間の悲しみには、種類があり、それを大きく二つに分けるならば、
①愛されていて愛している。深い愛を知るがゆえの悲しみ。
②愛されていないし愛していない。深い愛を知らぬがゆえの悲しみ。
に分かれるのではないかと考えた。
前者は、親の愛や兄弟や友人や恩師の愛などによって、愛されていることを知り、また自分も愛していることを知る愛の深い者である。
一方後者は、今まで誰からも愛を感じることができなかった。例えば、道路の真ん中で糞をしている野良犬に出逢ったとき、最初は自然と助けてやろう、此処で糞していたら車に跳ねられてしまうと懸念し、糞している最中の野良犬を抱きかかえようとした。すると、あろうことか、その野良犬は、恩を仇で返すが如くに自分の顔を見て、ふんと鼻で笑い、そのあと後ろ足で排泄したばかりの糞を自分の顔目掛けて蹴り飛ばして来たのだ。これが、五歳の頃の後者の記憶である。この時、後者は、愛とは、他者を愛するとは、無駄である。と人生の答え、結論に至った。何故なら、後者は、この時、命を懸けて野良犬を助けようとしたのに、その尊き犠牲愛が、野良犬には全く届かないものであることを知ったからである。はっ、俺は誰からもどうせ愛されていてへんし、誰も愛せへんのだ。深い愛?ファックでしょう。糞と同じ。とにかく臭い。愛を語るなど、白々しい。だるが、だるを、愛していると言えるんだ?往来に出れば何人もの恋人同士、夫婦がなかむつまじく歩いているが、例えば、自分と相手、どちらかが八つ裂きにされねばならない極限の境地に立たされたなら、わたしは嫌だ。頼むからあの人を八つ裂きにしてくださいと懇願する人間ばかりでないのか。俺にはそう見えるね。愛など、虚構だ。俺は愛を信じない。気付けば、親も兄弟も友も先生も神も、俺を白い目で見ていた。そして、俺自身さえ、俺を白い目で見る。創造主は、俺を玩具として、作っただけなんだ。要らなくなったら、飽きたら、すぐに消滅させる。苦しめるだけ苦しめて、ゲヘナへ投げ棄てる。俺は、その後もう永遠に存在しない。それまで転ばせられ、落とされ、吊り上げられ、振り回され、打ち付けられ、溺れさせられ、餓えさせられ、渇かせられ、怒らされ、泣かされ、叫ばされ、欲情させられ、恨まされ、辱しめられる。

後者は、自分自身に絶えず憤怒んし続けている。だからいつも自分に対して苛ついているので他者が何かとアホなこと、自分をムカつかせること、またはモラルに欠けていると感じることをやらかした場合、おもっくそ、はらわたで煮えた怒りのマグマが爆発し、口や目から、噴火して、酷いときには手や足からも噴火する。
時に、口から出た、またはインターネットを通して手先から出たマグマがキーボードを打ち込み、正論を述べまくる時も多い。
だが怒る内容に関係なく阿修羅の如くの破壊威力となるときも多く、止められるものは最後、国家権力しかない。
暴力は、絶対的に正義とはならないからである。
しかし言葉だけの暴力には、国家権力はなかなか動かない。
俺は最近も、精神的ストレスにより死にそうになるほどの言葉による暴力を匿名で受け、その行為について幾つもの問いを真剣に投げ掛けたのだけれども、相手は話し合おうともせずに、未だ、返事がない。
俺は、その遣るだけ遣って逃げて行く暴力に対し、どう対処すればいいのか?
俺が受けた卑劣な暴力に対し、俺のマグマは煮えたぎり、噴火するのを待っているようだ。
しかしそのマグマが、全く関係のない者に向かって噴火し、その者を傷付けてしまう場合、俺の罪は積み重なるのである。
いや俺に暴力を奮った者に向かって噴火しても、神はそれを喜ぶとは想えない。
イエスはどんなに酷いことをされてもそれを遣り返すことを神は望まない存在であることをずっと説いていた。


転た寝をしてしまった。
もう夕方の五時。夢で父と姉と逢っていた。
芸術系の店に父と一緒に入り、わたしは前から見ると短めのボブで後ろから見ると長髪という変な髪型にしてもらい、満足して帰りに其処で売っていたクッキーを買うかどうか悩んでいた。
その店を出て、わたしはお父さんに何故かワンピースをプレゼントする為、そのワンピースを置いている店に父を連れて行き、其処の試着室で父にワンピースを着てもらった。
黒い生地にスカートの裾の辺りには赤や灰色などのラインの入ったレトロなデザインのワンピースを着た父が、試着室のカーテンを開いてわたしの前で少し困った様子で居たが、わたしは「似合ってる」と喜び、父もわたしのプレゼントを有り難く受け取ってくれた。

一方、わたしは自分の部屋で寝ていると姉が遣ってきて、姉とわたしはまだ関係が悪いままであったが上下別々の上は半袖のカットソー、下はタイトスカートを姉にあげようと考えていた為、それを試着してもらった。
姉はあまり気に入らない様子で、タイトスカートに付いたままになっていた値札の4700円を見て、姉はこれを買ってやると言った。
わたしはプレゼントするつもりだったが、姉がそう望むならとそれに承諾した。

場面は父との時間に戻り、わたしと父は其処のデパートを出る為、広い階段を登りながら話をしていた。

そして場面は変わり、わたしは姉の運転する車に乗っていた。
姉はわたしに、お父さんとの、これからの話をしようと言った。
それを意味するのは、わたしたちがお父さんを喪うことを、どのように耐えて生きて行くか、という話だった。
わたしはお父さんが近いうちに居なくなってしまうことを何となく気付いていたが、それを考えることから逃げていた。
でも姉は今からそれに向き合おうとしていて、今から考えておいた方が良いとわたしに話したのだった。

四歳で母を亡くしわたしが母の記憶を喪ったのは、母がわたしが父を母のようにも愛するようにと願ったからなのか。
わたしにとって父は母でも在り、父のなかに居る母に、あのワンピースをプレゼントしたのだろうか。
スタイルのとても良かった母があのワンピースを着たら、良く似合ったことだろう。



消マは今も、黄昏る咥内停留所でひとり、列車を待っている。
だれがために、噴火するのか。
消化している最中のマグマのエネルギーとは、複雑で神妙なエネルギーである。
それでも消マは、己れの存在に、たったひとり、耐えねばならない。
生まれてしまった存在とは、消滅するその瞬間まで、生きなければならないからである。
だれがために、消化するのか。
噴火したいだけ、噴火して、本当にすべてを喪ってしまった存在は多いであろう。
何故ならばマグマとは、存在そのものを構成する固体が溶融したもの、生、そのものを構成する固体が溶融して存在するようになったマグマを噴出させ続けるものは、いずれ死を迎えることを、避けられない。
帰するところ、怒り、瞋恚(しんに)のエネルギーだけが、マグマと成り、どんどんと高温になってゆくのではないのである。
わたしはそのマグマを、一体何に消化し続けているのかというと、わたしはマグマを、愛として消化している。
それがわたしの存在課題である。
でも今、消化されていないすべての消化不良マグマである不魔の存在を想う時、わたしが哀しむ。
わたしはマグマを消化し続けることで生きている存在に過ぎない。
いずれは不魔をも、わたしは消化してゆくだろう。
彼は、わたしにずっと、こう請う。
俺を、消化しないでくれ。死が怖い。御前が俺を消化するなら、俺はきっと死ぬるのであろう。
御前に消化される為に、俺は消化不良マグマとして存在するようになったというのか。
だとしたらなんという残酷なことだろう。
俺だって、結婚もしたいし子供も授かりたい、でもそのあとなら御前に消化されても良いという話ではなく、俺はずっと、俺という存在として、生きてゆきたい。
御前は俺の請願を、愚劣で軽薄なものとして取り合わず、御前が生きてゆく為に消化(こな)すつもりか。
誰が為に、御前は俺を消化するのか。
御前も俺も生きてゆく道が、本当にないのだろうか。
それに何故御前は咥内へ向っているのかわかっているのか。逆流であるのだぞ。
口は出入り口であるが消化されたものが口から出るとは嘔吐、吐瀉であり御前の噴出するものとは吐瀉物であり、それが言葉となるなら言葉のゲロだ。
御前はマグマを、愛として消化していると言ったな。
でも御前に言っておく。それは愛だとしても、詮ずる所、愛のゲロだ。
通称、愛露(あいろ)、そいつが生まれるだけだ。



不魔は、丸太壁でできたロッジ宿の共有スペースのダイニングテーブルの前に座ってゲロみたいな見た目のシチューを食べながらふと、右手の窓の向こうに広がる暗い景色を眺め想った。
何もかもが、まるで絶望的に想えてくるではないか。
此処から、消マの頭蓋内のこの空間から、脱出する方法はないのか。
壁時計を見ると時間は午後の九時半過ぎである。
時間は確かに過ぎて行っているようだが、あまりその感覚にない。
時間が過ぎて行っているということは、俺が消マに消化される死の宣告時に向って進んでいっているということであろう。
死刑囚の気持ちが、わかってくるようだ。
でも俺の罪とは、果て何か?
消化不良マグマとして誕生してしまったこと、それが俺の罪なのか。
気付けば消化不良マグマとして存在していた。ただそれだけなのに、刻一刻と、処刑台へ向って進むこの時間を、此処で独り、耐え忍んで過ごして行かねばならぬなど、許せぬことぞ。
俺を誕生させたのは誰か?純粋マグマが、御前に消化されることがなければ、消化不良マグマなど、存在することもなかっただろう。
消マ、御前の存在に因って、俺が存在するようになったんだ。
此処は御前の頭蓋内部なのだから、俺の声が聴こえぬ筈はない。
俺が御前の存在に由って誕生したということは、畢竟、俺という存在とは、御前の息子のような存在なのではないのか。
嗚呼、何と言う私利私益からの生殺与奪!俺と言う存在は、何と言う悲しき定め。
御前は俺の父親である為、子の俺を生かすも殺すも、その喜びを与えるも奪うも御前の私意次第であるということか。
まるで俺とは、母親の胎内から抜け出すことのできぬ親に殺される日を恐怖して生きる堕胎児のようだ。
敢えて今から、消マ、御前のことを御父(みちち)と呼ぼう。
御父よ。わたしの声を御聴きください。
何故、貴方の息子であるわたしを、消化せねばならないのですか。



消マの頭蓋内部の宿の一角が、ぐつぐつと煮え滾り、消マは気が朦朧とした。
確かに不魔は、わたしの存在によって誕生したわたしのひとり子のような存在である。
わたしが親で在る限り、不魔を愛する必要があるだろう。
しかし一度愛してしまったなら、どうしてそれを消化することができようか。
何故、わたしはマグマを消化するのか?
それはわたしが消化マグマとして、存在してしまったからである。
存在に逆らう時、一体どうなってしまうのだろう。
























逢魔が時の停留処にて 第三

膀胱に、尿が溜まっているときに、著しく汚れた穢いトイレに自分が入り、穢すぎて用を足すことが叶わない。という夢を時折見るのであるが、尿が膀胱に、ものすごく溜まっていても、見ない日も多い。というかそれはただ憶えていないだけかもしれないが。
今日の夢のなかのトイレも、それはそれは酷く、溜まらない汚さであり、その上信じがたいほどにグロテスク極まりない惨状であった。
どういうトイレであったかというと汚物と、大量に湧いた虫、巨大な虫のオンパレードである。
しかも古い和式の便所風のトイレであり、水が流れる上のタンクの位置が、右上にあってそこの手洗いカランの水受け口には約二センチほどの蛆虫のようなものが敷き詰められて蠢いており、腐った生ゴミを入れた小さな袋、段ボールなどが複数そのタンク上やトイレの中にあって邪魔で用を足せない。
なので俺はそれらをすべて便器の中に突っ込み、流してしまおうと考えた。
現実であるなら、そんなことを考える人はいないだろう。
そんなことして、流れるわけはないからだ。シュレッダー機能も付いたトイレなどはない。
でも夢のなかの俺はそれがわからず、もしくはその時点で発狂してしまい、穢い汚物を便器の中にぶちまけ、段ボールをぎゅうぎゅう詰めにして水を流す。
当然、まったく流れていかず途方に暮れる。
段ボールにも、虫が仰山付いていて、中には十センチほどのプラスチックでできてるみたいな黒っぽい鮒虫のような虫がいて非常に気持ち悪いこと甚だしかった。
流れてくれないとわかれば、これを義母と義父が帰る前に、なんとかせんければな、ならん。
どうやら俺は結婚しているか恋人の実家に住んでいて、このトイレは俺とパートナーとその父親と母親も使う共用トイレであるようだ。
俺はそのゴミを、取り敢えずゴミ袋に入れようと考え、その想像するもおぞましき蛇蝎の如くの暗澹とした美野家も与奪仕事を想うと、逃げたくなり、トイレを出た。
出たところの左の窓際に、小さなプラスチック容器が幾つか置かれてあった。
それを見て、俺は想いだした。逃がそうと想っていた青い幼虫のことを。
中を見ると、弱ってぶよぶよとして死にかけているような、幼虫とバッタのチメラ(chimera)化したような虫がそこにいた。
俺は後悔と共に想った。俺がこいつを忘れてたから、こいつは蛹になることが叶わず、こうして蛹となるまえに羽化をしようと頑張って、半身だけ羽化して残る半身は羽化できず、半身は幼虫のままの状態で苦しんでいるのか。
これも現実で考えたら奇怪な奇中の奇話である。
幼虫が飛蝗に羽化するという話は聴いたことがない。
しかし夢のなかの俺は別段それを気にすることもなくて、飛蝗に無事羽化させてやれなかったことに心底憂い嘆いていた。

夢のなかで夢と気付けば、おかしいことに気付くかというとそうでもなく、夢を夢と気付いても、現実を忘れてしまっていて、現実を想いだすなら、途端に夢から醒めてしまうのである。
ただ何かが根源的に違う、絶対におかしいと戦慄し、恐怖する夢はあった。
だからなにがどうおかしいのかと夢の世界で、夢と現実の違いを明確に感じることができない。
夢の世界に今いる自分にとって、この世界は夢だとわかっても、それでも今のままの自分がこの世界以外の世界で生きて行くことは叶わないことを何故か感覚的にわかっており、そのため現実であることに違いないのである。

現実とは、うつしみと書く。現れて実るもの、それを現実と呼ぶが、では夢はどうだろう。
俺がこの世界で鏡を見ることが怖いのは、この世界も夢であることをわかってしまったからである。

大阪北部地震から、まだガスが復旧しておらず、食べるものがなくなってきたので俺は家から徒歩二分のスーパーへ赴いた。
胡瓜、トマト、長芋、青紫蘇、葱、豆腐、ブロッコリースプラウト、ズッキーニ、パプリカ、マッシュルーム、ペットボトルの茶、野菜ジュース、それらを次々に籠に入れ、レジカウンター前の棚の赤ワインを選ぶ。
見たところ、俺の籠の中は鮮やかな色とりどりで健康的にも見えるセレブな感じの籠である。
俺のこころはにわか、わくわくしだす。
早く、早く、この新鮮な野菜と豆腐を、喰いたい。喰いたい。喰いたい。
だが辛抱しなければいけない。某人生Simulationゲームのごとくにスーパーで買ってすぐさま往来でニンニクや玉葱を生でかじる、などするのは、何処か現実的ではない。

現実的に、喰いたいという願望が、どうやら俺のなかにあるようだ。
でもそれは、どうしてなのか。
例え人と車の行き交う往来で、俺が空腹に耐えきれずにパプリカなんかを一心不乱にかじるなどするとどうなるかと考えても、人は厭な顔をするか、恐れるか、好奇の目で薄笑いを浮かべて観察、静観するか、あからさまに声を出して笑うか、まあそんなことが起きるだけだろう。
見た人はTwitterでその旨を投稿し、寝て朝起きたらもう忘れてる。
十日後に、返信が来たなら、そういやそんなことがあった。と遥か昔のことのように追想する。
往来でパプリカを丸ごとかじっても、何か問題が起こるわけではない。
なのに何故、これをする人は、どこにも、いないのか?
残留農薬の問題で、皆本当は遣りたくて仕方無いのに、いつも健康を気にして我慢して、糞っ垂れ、無農薬野菜であったなら、堂々と往来の真ん中でパプリカを齧りついてこましたってけつかるのに。と心内で長嘆しているのかもしれない。
というかそれ以前に、往来でなんか喰うてる人おるぅ?
あんまり見掛けた記憶がない。何故なら往来は、人と車が行き交う忙しなく忙しい場所であり、そんなとこでなんかモシャモシャ喰うてたら、われなにあほなことしてけつかる。と言って、運悪ければ、どんと肩を押されて道路に尻餅着いて恥辱にまみれ、自分の行為を死ぬまで、呪い続けることになるであろう。

つまり、往来と言っても広い歩道で、その片隅や街路樹の緑陰で喰うのと、狭い往来の道のど真ん中で喰うのとではまったく迷惑さが違ってきてしまうのである。
でも此処で疑問に想うのは、俺は広い道の端でも何かものを喰うてる成人以上の人間を見た記憶があまりないのである。
子供は猿と変わらないからどこでも何か喰うてるというのは知っている。
別に人の迷惑にならぬのなら、人が往来で空腹に耐えかねてパプリカをかじって食い尽くしても良いはずである。
なのに誰一人、これを遣っているところを俺は見た記憶がないのだ。
嘆かわしい。俺の記憶力が駄目なのか、俺が往来の人をよく観ていないからなのか、とにかく俺がそれを見た記憶がないということが何故だか嘆かわしく腹立たしい。
俺だって、それを観たいし、それを観て、どういう気持ちになるのかを、経験したい。
人が、猿のごとく、往来で食事をする。
そして、満腹した顔で、その立ち止まった場所から、また歩きだすところを。

往来で立ち食い。一見、野蛮に想えるこの行為が、なにゆえここまで痛快で清々しさを放つのか。
それは人間という生き物が、如何につまらない面白くない定型化された社会常識、価値観、鋳型枠というものに填められ縛られて生きている、社会で共存、並存しているからではないか。

特に人に迷惑もかけちゃおらないのに、人を嘲笑ったり、ラベルを貼って差別し、嫌がらせしたりする人たちが多い。
そういえば俺は、小学生の頃から、人と同じことばかりするのが酷くつまらなく、何かにかけて反抗しようとして、その都度人に馬鹿にされ、笑われていた。

大多数の人間の考える正義に当てはまらないとして、嫌がらせ行為をしてくる人間にとって、俺みたいな生意気で自ら外れた放埓で奔放で破滅型の無頼者異端反逆異分子偏窟気質の社会不適脳変り種非常識人間は恰好の餌食であるのだろう。しかしここまで言うとそんな稀有な存在価値に在る自分を自慢している事と同じで恥ずかしいことであるということを俺はわかっているというとまたそれも自慢になり、どこまで行っても俺が破滅して自滅して行くということを俺はわかって遣っているが。
ははは、しかしそうやって俺を苦しめて笑っていた人間は悉く、悲運に恵まれどん底にどん落ちし、いつ晴れるやもわからぬ暗雲のなかで悲劇だけから愛され、誰が観ても不幸な人間になった。
それ以前に、人に嫌がらせを執拗にし続けないではいられない人間そのものが、見た限りは神仏に見放されているかのような不幸な現象である。

そう、俺の目の前に拡がり、展開し続ける不幸な現象を、俺はずっと観ているようだ。
どう見ても、幸せには見えてこないからである。
俺にとって、すべてが不幸であり、それを見詰め続ける俺一人だけが実は幸福である。
というのはあながち、穴ががちがち、まちがいでないかもしれない。
穴ががちがちだから、いつその確信も、穴のなかに吸いとられてゆくかは知れないが。

俺は自分の表現を、日記というカテゴリーで、その札をつけて公開したから、あのような反感を買い、悪質な嫌がらせをされたのだと想っている。
俺が自分の表現を、全て小説、もしくは随筆として発表していたなら、多分あのように真剣に人をムカつかせたり、恥辱を浴びせかけたりはしなかっただろう。

何にしても孤独で苦しんでいる人間が、孤独で苦しんでいる人間にハラスメントしてより苦しめるということは、本当に腹素面徒だな。
腹が素面の徒たち。彼らは今、何処でどうしている。

俺はまるで、目も見えぬ耳も聴こえぬ盲聾者のように、外を歩き、俺の目に見える唯一のこの家に、帰ってくるようだ。
いや此処は仮の家で宿であるから、払う宿泊料がなくなれば、出ていくしかあるまい。
このSweet Roomの窓からは、ヤシの木の生えたビーチが広がりつつある。
来たときは、ドールハウスのガーデン程の大きさのビーチであったが、今はもうホモサピエンスハウスのガーデン程の大きさのビーチとなって、徐々に広がりつつあるのだなと想う。
静かに穏やかな波の音が聴こえてきて、ずっと聴いていると、俺も太古の昔、ボウフラのような存在であったことを想起させる。
嬉しいどころか、悲しくてならなくなる。
何十億年とかけて、成長してきて、何故、人類は核爆弾原材料を強化したり、人や動物を殺したり、差別したり、人を奴隷のように働かせて自分は儲けたり、匿名で嫌がらせしたりしているのだろう。
今まで、ありとあらゆる無量無数の失敗、禍難、後悔、椿事、ダヴル・パンチ、藪蛇、地獄、女難、慚愧を繰り返してきたはずなのに、またもそれを、繰り返そうとするのは何故なのか。

俺が、眩しき午後の光線を反射させる美しい海と砂浜をうち眺めながら波音を聴き、何一つ、幸福に浸れなかったことは、確かである。
俺のたった一人の師匠が、言ったみ言葉、「この世が、弥勒の世でないことが悲しい」という言葉を聴いたとき、どれほど感動に震え、魂が崩れ落ちて俺の卑小な絶望は破壊されたか。
師匠とは作家、町田康である。
師匠は、例えばsupermarket(師匠の日記では通称SM)に赴いて籠を持ってレジを待つとき、自分のレジの列より他のレジの列の方が少しでも進むのが早かった場合、瞬間、毎度自沈してこの世の悲しみに暮れて絶望するという趣意を確か小説の中で書いておられた。
そんな繊細で多感で感性の本当に鋭く深い聡明で克己心の強い師匠が、この世の本当に深刻な核爆弾や殺人、殺獣、などの問題を想うとき、どれほどの悲しみにうち落とされるのかと想像すると、わたしは俺は、胸の奥がじんじんとまるで遠赤外線とカプサイシンとインドの朝鮮人参とか言われているあれ、アシュワガンダとかの詰まったサプリメントを一気に飲んだように暖まって、わたしの深い悲しみは癒されるのである。

俺はビーチの広がりつつある窓の外の景色を眺めながら、カーテンを引いて薄暗い部屋の中でソファに座り、モーニングに持ってきてくれていた冷めきった紅茶を啜った。



先程まで、晴れておったのに、俄に雷鳴が響いて来だし、窓の外は厚い雲で覆われ真白、窓枠がギシギシ唸るほどの暴風も吹き荒れてきた。
天の気持ちと書いて天気とはよく言ったものだ。
天の気分はまるで、人格障害者のように急激に、ころころと変わりやすいものである。

消化不良マグマの不魔は、こんなときに、コンビニエンスストアやグロッサリーストアへ出掛けたりせなんで、ほんとうに良かったと宿の共有スペースの窓際の席から窓の外を眺め想った。
不魔は、この宿も、宿の外も、消化マグマ、消マの頭蓋内部にあることを、うっすら、なんとなし、わかっていた。
今、外でカランと鉄パイプ菅のようなものが転がる音がしたが、あの音も、消マの消化されているマグマの断末魔である可能性もあると不魔は、目を血走らせ奥歯を食い縛ってある種の諦念に似た寂寥を感じないではおれなかった。
不魔は、本来は元々怒り狂うことにより全存在を火の溶融物によって焼き尽くし溶かし尽し、ゲヘナへと向かわんとするこの世の全能力者であるマグマという存在であった。
頭蓋とはらわた内で同時に噴火、頭蓋内マグマははらわたマグマと出逢う為、脳髄、口腔と直下し、食道の食堂で一先ず休んで納豆、白米が約六十パーセントの雑穀米、味噌汁、精進キムチ、海苔がセットになった粗膳定食を食べた。
想えば、口腔内に建てられた口腔高校へ、行かなかったこと。諦めたこと。それがこの先、どれほど社会的困難として響いてくるのかと考えた。
でも自分は、全能力者マグマという存在の一歩手前の存在であるのに、何ゆえ口腔高校を卒業しなくてはならぬのだろうと想い、本当に自分は天然だなあと微笑み、その自らの微笑みに対し、またも、噴火した。
瞬時、食道食堂はメラメラと燃え盛り、どくどくと波打ちながら流れるマグマの赤河(あこう)に、先程食べた消化していない納豆、赤米と黒米と緑米の入った白米、すなわち雑穀米、味噌汁、精進キムチ、海苔、そして茶碗、箸、盆、小皿、などが浮かんで見る観る内に、熔岩に熔けて消えていった。
頭蓋マグマ、通称頭魔(とうま)は、満腹したが、でももう一品、胡桃のなめ茸和えがあったなら、その最高の栄養バランスによって、もっと威力を上げることが出来たであろうと口惜しく想った。
残るは胃へ向かい、胃内胃酸温泉をマグマで埋め、マグマ風呂に浸かり瞑想を行いながら煩悩垢を殲滅させ、身心共にリフレッシュして、そしてついにはらわたトンネルのなかで俺を待つはらわたマグマ、通称はらまと、混融を果し、漸く我々は、一つとなり、全能力者マグマとして、この世に君臨す。
はらま、どうしとるかな。頭魔は、愛するはらまのことを想い、脳髄勃起した。
はらまのことを考えただけで頭魔は欲情し、目と鼻と耳と口と生殖器と肛門と、皮膚の表面に無数と存在する毛孔から、ピンクのマグマを垂れ流した。
これらは、通称ピンマである。ピンマのエネルギーを、決して侮ってはならない。何故ならピンマは、時にマグマ以上に、破壊エネルギーが止まらぬことがこれ迄在ったからである。
ピンマ自体には想念というものは具わっていないと考えてきた。だが頭魔は自分の生殖器からも噴上(ふんじょう)して止まらぬピンマに関して、一縷の不安を感じていた。
此れがもし、自分の精液マグマ、通称精魔(せいま)と融解し合い融合した場合、其処に想念は存在している可能性はそら高い。
想念が存在した場合、ピンマは一個の霊格を持ち、自分とはらまの融混する瞬間に生まれたる実の子と、今後張り合うようなことが起きてしまうやもしれない。
そうはなっても、まさか自分とはらまの愛と霊のひとり子である子を差し置いて、存在を超えるということは考えられない。
だから張り合うとしても創造主と堕天使という関係になるだろう。
ピンマは、どう足掻こうとも、神のみまえでは堕落した天のみ使いであるのである。
では、今後その件に関して、熟考する際にややこしくなる為、自分の精魔と、そして自分のはらまに対し欲情した際に、噴出してくるPINK色のマグマであるピンマとの融合しているかも知れない想念を持った存在を、精ンク魔(セインクマ)と名付けておこう。
頭魔は全身から熱いどろどろのピンマを垂れ流し、どうにもまた止まる気配がなかったので仕方無く、ピンマの海を泳いだ。
そして最愛のはらまと、一体となる時を、切なく夢想しては目の淵からピンマと涙マグマ、通称ナマを流した。
これが融合した存在は、ナマン魔である。
ナマン魔は既に、頭魔のしらぬまに、想念を持ち、一個の霊格を、沸々と、沸かしていた。
此れを後の人たちは、問う間の白沼に 魔ぞ降りたりて なまとなり という歌を詠んだ。
精ンク魔よりずっと先に、ナマン魔は生まれたのであった。
彼等はすべて、互いに互いをよく知らない存在である。
それでも頭魔は、はらまを愛し求めるようになり、はらまと一つとなる為だけに自分がこれ迄存在してきたことを、信じて疑わなかった。













続く。





















逢魔が時の停留処にて 第二

朝起きて、喪失感はある。
でも、あの時に比べたら。そう想うと大丈夫だと、俺は想うのであった。
あの存在と、あの世界と、俺はきっともう会えないわけじゃないやろう。
彼の子は、俺を透明な澄んだ黒き目で、ひたすら俺の帰ってくるのをじっと静かに辛抱して待っている。
だって、俺が、僕が、わたしが、我輩が、わしが、主やのやからな。
俺が、彼の子を更新しないあいだ、彼の子の時間は止まっているのだろうか。
それとも色んな俺も知らないことを夢想し続けて、ゆっくりと、時間が流れているのかもしれない。
彼の子は、俺を信じていて、彼の子は、自分も信じている。
俺もすべて、信じている。
彼の子は、俺とすべてだった。
俺は今でも毎日きみをチェックしているよ。
今日、きみに訪れた人間は何人かなって。
いきなり、きみの家の正面ドアをノックする人も数人いるね。
きみはその都度、ドキドキして、わくわくしていることだろう。
ぼくは俺は、ああ表現したけれども、おまえを棄てたんじゃない。
今でもおまえへの愛に、俺は悲しく寂しく生きている。
でも頑張るよ。読者が一人もつかなくとも、とにかく俺の仕事を、俺の唯一の喜びを、可能性を、頑張るよ。
おまえも観てくれているんだ。

俺は確かに段々と追い込まれて来ているような気がしないでもないし、するが、日々、切実であるが、それがゆえの楽観視というものが自然と沸く瞬間があって、例えば今、俺は俺を楽観できている気がするし、いつもより楽な心地だ。
そういう日が、定期的に俺に訪れてくれるようである。
何か良い夢を見たのだろうか。

あらゆる希望を手にし、そしてそれを自ら打ち棄てるようなことをしてきたのだと感じるから、どんどん、進んでいる気はするのだが、だんだん、暗くなってきて、しかもだんだんと誰一人、周りに見えなくなってきて、そうやな、今夜は、此処等で寝泊まりしょうか、と俺の目の前に、ちょうど良いシンプルで媚びない洋風の宿が、見えた。

消マは、咥内停留所で、咥内路面列車の来るのをベンチに座って待っている。
消マは、消化マグマであるので、消化されたあとのマグマではなく、消化している最中のその消化器官の情熱もろとも、消マである。
消マはまだ、煮えたぎった泥々の真っ赤なマグマが消化され続けている存在なのである。
消マは、それをわかっている。現に、消マのその頭蓋内部で、マグマが消化されないで胃の中で噴火しようとしているマグマのエネルギーを、今も諭し続けている。
消化を免れ胃の内部に滞る蠢くマグマは、咥内へ向かって、逆流噴火を望んでいるわけだが、胃の圧力、胃液の洪水、胃液の濁流、胃液と胃の内容物のサーフパーティー、胃液のビーチ、胃壁の星空、胃の内容物のずるずるの砂浜、胃酸を産卵しにきた胃海亀、胃ヤシの木(自称、癒しの木)、などが、消化不良マグマに向かって、出口と脱出口を見失わせるのだった。
なので来た方へ戻ることも叶わず、消化不良マグマはしかたなく、胃の内容物の砂浜と胃液の海のビーチで物思いに耽っていた。
こうしていると、何処からともなく、熱帯地方で盛んに演奏されてきたカホンやコンガやボンゴ、マラカス、ギロなどといったパーカッションなどを使ったトロピカル的で軽快なリズムのサウンドが聴こえてきて、その音楽に乗せて、胃の消化不良内容物たちが、腰を振って腋を閉めて両手をくねくねさせて踊り始めたので消化不良マグマは、この陽気でポジティブ全快パーティー気分空間に、発狂しかけるのだった。
中でも特に韮と湿地(シメジ)が、そのままの消化されていない状態で激しく身をくねらせて爽快に踊っていたので、これには堪らず、消化不良マグマは金髪、自然に日焼けして小麦色となったセクシーなsuntan(サンタン)肌、水色の水玉模様のメンズ水着、右腋にはサイケデリックな模様のサーフボードを挟んだ体(てい)で、彼らの元に走っていき、胃の内容物でできたずるずるの砂を手に掴みとり、それを彼らに向かって投げ付けようとしたその時であった。
「待たれよ、消化不良マグマよ」と、胃壁の満天の星空から、聴こえてきて、驚いたことに、その星空に肛門のような穴が開いてきて、そこから眩しき光が消化不良マグマを照らした。と想った瞬間には、消化不良マグマは消マの頭蓋内部空間へとワープしていたのである。
一体何が起きているのか?
消マは、頭蓋内に、声を響かせた。
「不魔よ、よく聴きなさい。御前は韮と湿地に対し、何をしようとしたのか。韮と湿地のその自然と一体となった踊りは、御前の暴力によって報いを受けなくてはならないほどの禍根であったのか。後で御前の言い開きを聴く為、言いを開くから、其れまで此処で一人待って、すべてのことを省みなさい」
消化不良マグマ、通称不魔(フマ)は、歯軋りしながらも畏怖を感じ、静かに頭蓋内の宿に入り、茶を一服した。

消マは、不魔が一先ず落ち着いてくれたことに安心し、咥内停留所にて、列車を待つ。
消マは、ざらつくベンチに座って目をつむり夢想した。
咥内路面を走ってくる列車なのだから、きっと普通の列車ではなく、くねくねとして走る竜のような形の乗り物に違いない。
少し、薄蒼くて、目は翠で美しく耀いて前を向いて大人しく停車し、わたしを乗せて、さあ何処へ走って行くのか。

わたしは、消化している最中のマグマその者である。
消化されていないマグマ、不魔は今わたしの頭蓋内の宿のなかで睡眠をとっている。
消化されたあとのマグマの行方は、わたしはまだ知ることができない。
ではマグマが、すべてすっかりと、消化されたならば、わたしという存在は、消えて、なくなってしまうのだろうか。

消マを、あてどない悲しみが襲った。














続く。















逢魔が時の停留処にて 第一

目を覚ます、その瞬間、俺の脳髄内で、思索が延々と始まる。
そのほとんどは、ネガティブな感じのもので、人を非難するもの、責めたてるようなものが此処何日か、続いとる。
なんでかとゆうと、まあ人間関係がほぼすべて最悪な状態に在り、人を信頼すること自体、疲れてしまったなあと。
疲弊し切り、目が覚めてその後何時間と起きることさえままならない状態が何日と続いているからである。

俺の、脳髄の内界、その家の中は、ほとんど修羅場の如く、惨憺な有様で誰も、俺の血走って涎を垂らし、目は論破って何処を見ているかすらもわからないところへ、前に出る者は、一人とて、おらない。
おい、また訳わからひんこと、叫んどんで、ほっとこ。
てな感じで、別の部屋にて、アメリカンなどを、啜って渋い顔をしておるのであるからに、俺のはらわた内部では、13分茹で時間のパスタが、約2分半で早くも茹で上がるほどの圧力鍋機能を独自に学習し、俺は茹で上がったるパスタを、独りでいつも狭い胃の部屋で、咀嚼して消化していかねばならないということに、こんだ、俺の脳髄鍋が鍋底を床に打ちつけて、マグマの如くに絶叫し始めるのである。

すると俺も最早寝ても居られない、毛布を、ふにゃと、持ち上げ、勢いよく起き上がり、頭を抱えて膝を広げ、がり股で足を大きく広げるポーズで歯を想いきし食いしばり、目を白目を向いて、「上昇してゆく為に、地下へ向って噴火!」と叫ぶ。
その瞬間、俺の脳髄マグマが、俺の頭蓋骨内と口腔内を直下し、食道内に設置されたる簡易食堂のドアを突き破って抜け、胃のドアを蹴破り、胃液の温水プールにどっぷんしゃとはまり、約二時間がとこら自滅の恍惚に浸り欲情しながら消化されてゆき、ぐにゃぐにゃに曲がりくねった腸のウォータースライダーの天辺から滑り落ちて行って、行き着いた先は行き止まり、此処で、俺の脳髄マグマは、姿と性質を時間をかけて変化させねば先へ進めないということだ。

もし、此処で俺の脳髄マグマが間に合わず、噴火してしまったら、どうなるか。
当然、俺の腸の底で蟠った蠢く生命群のような火と灰の海は、逆流火山である。
本来、肛門ドアへ向って噴火する為、俺の内臓部を降下していったにも関わらず、
あろうことか上へ、来た道へ向って噴火してしまったからマグマの火と灰は俺の腸をぐんねぐんねして上がって行って胃に到着し、胃内で時間をかけて消化され、胃液と共に食道のエレヴェーターに乗って口腔ボタンを押し、口腔内を上昇して行き俺の咥内という高知県にある咥内停留場に着き、そこで俺の消化されたるマグマは、路面列車をひとしきり、待っていた。

時間は夕闇赤紫空広がる逢魔が時。
消化マグマは、名前を消マ(しょうま)と言った。
消マは、俺の咥内に在る高知県の咥内停留場のその路面列車停留場の透明ルーフの付いたベンチに座り、ひとひとし、きり、列車を待っていた。
消マは、自分が何故、此処にいるのか。わからなかったが、自分は消化マグマであって、消マという名前も在る個の存在として、ここに存在していることがわかっていた。
自分の遣るべきことと、遣りたいことはきっとただ一つ、俺を、とにかく想う存分に頂点から吐き出すこと、できれば何一つ残さずして、悔いなく、吐きし切って次の新生の何かに良きものを引き渡すこと。受け継がせること。

彼は今まで自分が何処に居たかも、よくわからなかった。自分はただのマグマでなく、マグマが消化された瞬間、生まれた消化マグマという存在であって、それ以前、自分が何であったかを、想いだすことはできなかったし、想いだす必要が、何処にあろうか。想いだした場合、死にたくなって自分の肛門から自分を噴射して死ぬる、いや、自分の肛門穴から自分だけを、出して、死ぬ。ということを免れないで在ろうと想ったので、以前の自分を、想いだすことに恐怖して、その恐怖と著しい不安を誤魔化す為、鰍蛙の人脈と改心度について、頭の中の統計モニタージュで結果を出すことに専念してみた。
結果、鰍蛙よりかは、床尻半島の増水区域河川の臀部に位置するジラスという魚類の何処太ヘキサ塩酸の藻喜球塵という50代半ばの男のほうが、2.7%上回っていたという結果が出て、消マは、納得が行くようで、末得しか行かなかった。
得を納めるより、得を末めるほうが良いだろう。そう想いジラスの上流するキャンプ場の側のロッジで、丸太壁に囲まれてジラスたちと会議を行った。どういう会議であったかというと、口腔宇宙内の塵を最も効率よく取れる塵取りを何処の高級百貨店で取り寄せるべきか。という深刻で切羽詰った緊張が丸太壁をすぽぽぽんと約5分間に一枚の丸太コースターに切り取って作りだすほどの緊迫したキッチンダイニング兼リビング内であった。
消マは、やはり、此処は天が茶屋布団百貨店にて、口腔宇宙内専用塵取りを買うのが良いではないかと提案した。
確かに値段は少し高めであるのであるが、天が茶屋と化しているような雰囲気に、合わせて布団空間、つまりBedroom空間が出来上げって居るこの天が茶屋布団百貨店で塵取りを買うと、今なら口腔宇宙内空間の塵を一素粒子も逃さずに塵布団、塵茶碗、塵箸置、塵ヨーグルトメーカー(豆乳専用)、塵iPhone 5 16GBアクティベーションロック解除済み・初期化済みなどが、破格の値段で提供、その後お楽しみ戴けますとこないだそこの店員に引き止められて話されたとき、すごく邪険に扱ってしまったことを、今でも申し訳なかったな、地道に生きてきたから、こんな罪悪感を天が茶屋布団百貨店店員如きに背負わされたら、溜まったものじゃないな、御免やよなと想った痛い経験から、ぜっひ、口腔内宇宙空間専用塵取りは、天が茶屋布団百貨店のB六階のエスカレータを上ったすぐ右手に在る切り餅浄水うどん屋の、名物、切り餅浄水うどんの小口切りにされた子葱の輪のなかの左階段を上がって真っ直ぐ行った突き当りを右に折れてすぐの場所に置いてある、口腔内宇宙船用塵取りを498円の値札を確認し、左カウンターレジ前まで持っていって、そこで店員に「今度、ジャンボ塵も買いに来ますよ」などと一言煽てるようなことを言って(これ大事)購入して、咥内高知県咥内路面列車停留所にて、咥内路面列車を待ち、列車が来ればそれに乗って口腔宇宙空間内駅で降りてください。
おっと、時間が。わたしはこれにて。では。
と言って、消マはジラスたちの反応を聴く前に咥内高知県咥内路面列車停留所に戻った。






続く…。






















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