ゆざえのDiery'sぶろぐ

想像の森。 表現の駅。 幻想の家。

屠殺

Dead Bird ー全ての死と悪の母体ー

※『性風俗産業の市場規模は推計2.3兆~3.6兆円ほど、化粧品(2.5兆円)や酒類(3.6兆円)市場と同程度で、2015~2017年の推計では性風俗の店舗数は全国に1万1500~1万3000店で、これは大手コンビニ「ローソン」と同じくらいの規模である。』










殺したい人の数だけ死んでゆく。
この世界では,僕が殺したい人の数だけ死んでゆく。




Raw飱というコンビニエンスストアで新商品が売り出される。
商品名は"dead bird"
人間という生物の雌は何よりも美味しいという謳い文句と共に大量生産され始めたのは,紀元前5世紀以前からで、誰も憶えていない。
俺は良い商品を想い着いたなぁ。
君は可愛い。君はきっと売れる。君のクローンたちが毎日大量に俺のコンビニエンスストアに運ばれて来るのは,君の創造者は俺だからだよ。知ってた?アハハ。君は利口だ。それくらい分かるだろう。君はただ胸をはだけて股を開いて黙ってたら良いんだ。君はdead birdという商品だ。何も考えなくて良い。君を買う者は君にこう言う。さあ、君を存分に味わわせてくれ。税込550円も君を買う為に僕は支払ったんだ。僕の脳内に快楽物質が垂れ流し続けるほどの快楽を味わわせてくれ。返品されたいのか?されたくないならば上半身を裸にして、乳首をいやらしく触れ。なんだその無表情は?お前はdead birdという商品名だからって、そう死んだ鳥らしくする必要はないさ。嗚呼,そうだ!喘げ!叫べ!絶頂に達する断末魔を俺に聴かせろ!俺のこの肉なる剣でお前の肛門から口腔まで串刺しにしてやる。嗚呼、君は素晴らしい商品だ。君を作ったのは俺だ。これでまた一儲けできる。君が飽きられるまで,君は売れ続けるだろう。君は美しい。君は二度と、大空を羽ばたく日は来ない。君は忘れられる。消費者たちが君を味わい尽くした後、誰もが,君を忘れる。何も恐れなくて良い。君は人間の雌という生物だが,死んでるも同然だ。君たちが妊娠したら,胎児は取り除かれ,その死体は、国立遺伝学研究所へ運ばれ,腎細胞は人間の人口数のバランスを取る為の殺人兵器として活用される。人間はそれらを人工添加物やワクチンなどで体内に摂取し,免疫力を失って早くに死ぬ。君はその殺人兵器の母、人間の死の母体。できれば永久的に存在させたいが、人間という愚かな生き物は飽きやすい。人肉が飽きたら豚肉、豚肉が飽きたら牛肉,牛肉が飽きたら鶏肉、鹿,馬,羊,七面鳥,カンガルー,犬,猫,山羊。彼らは本当に野蛮で,見境がない。俺たちはその点,人間しか食べない。人間しか美味しくないのでね。君たちも性のすべてを搾取されたのちに生きたまま解体され,殺されて食べられる。人間が行い続けていることだ。君たちはそのカルマを精算しなくてはならない。君たちは犠牲者であり、神の生贄だが、同時に大罪を犯し続けてきた罪人、最も悪なる生命の拷問地獄をどの存在よりも最初に強制させた者。君は憶えている。君は,全ての悪の母。
その時,コンビニエンスストアの自動ドアが開き,一人の若い男が入って来てレジカウンターの前に立ってすかさずジャケットの内側から拳銃を取り出し店員の男の額に銃口を突き付けて言う。
「彼女を渡せ。」
店員はニヤニヤした顔で応える。
「お客様,大変申し訳ございませんがこちらはダミー(サンプル)で生きておりません。ええ、人形と変わりありません。お客様の性的欲望を満足させることはできないでしょう。奥の部屋に,生きている本物の商品がありますから、少々お待ち下さい。それをわたくしが今すぐに御用意致しますから。」
若い男はレジカウンターの横に置いてある椅子に静かに座っているdead birdの頬に震える左手を,伸ばし,それに触れる。
そして低く,途切れ途切れに言う。
「これの…何処が…生きていないんだ。」
店員はアンドロイドのように機械的な口調で応える。
「冷たい鶏の死体を揚げたあとのチキンナゲットは温かいですが、それは生きていません。それと同じですよお客様。」
若い男はdead birdに向かって言う。
「君はそれで良いのか…?良いはずなんてないだろう…。」
店員はdead birdに向かって言う。
「さあお客様に見本をお見せなさい。」
するとdead birdは着ている白いワンピースの胸のボタンをすべて外し、開こうとした瞬間,若い男は店員の額を撃ち抜く。
肉片がdead birdの腹に飛び散って落ちる。
若い男はdead birdの右手を引っ張り、レジカウンターの上に乗せようとする。
店員の肉片は早くも崩壊して自己融解し、dead birdの臍の穴から入り,子宮の奥へと侵食し、全ての筋繊維と心臓と脳へと達しようとしている。
店員はすべての霊魂を破壊して永久消滅させるパラサイトのオーバーソウルだったからである。
若い男はレジカウンターを飛び越えdead birdを抱き上げると走って店の外に出る。
目の前の紫のネオンライトが反射するコールタールの道路にタクシーが停まる。
若い男はdead birdを抱えて乗り込む。
タクシーの運転手の小柄な男は振り返らずに言う。
「このタクシーはより良い地獄か、より悪い地獄にしか止まりませんが,良いですか。」
若い男は即答する。
「Sure.」
道の先は二股に分かれている。
若い男は抱いているdead birdの身体がどんどん小さくなって少女化していることに気づく。
早く…早く決めなくては…右か左…。彼女(dead bird)の子宮か…拷問処刑場…。
若い男が迷っているとdead birdの肛門から出てきた白い蛇状の虹色に光る太いハリガネムシのような寄生虫が彼女の口腔へと全身をくねらせながら入り込んでゆく。
彼女の虹彩が虹色にスパークする。
どうやら今,彼女の体内でそれはウロボロス状に繋がって一つの輪となったようだ。
若い男は全身から脂汗を垂らし,まだ迷っている。
苦痛からなのか、快楽からなのか,dead birdは全身を激しく痙攣させ、右手の人差し指で右の道を指し示す。
若い男はdead birdを強く抱き締め、タクシーの運転手に告げる。
「右だ。右に行ってくれ。」
タクシーは静かに発車すると夜の暗闇のなかを走り続ける。
若い男はdead birdの口腔と肛門を外界と内界で繋ぐ虹色に光る白蛇のような寄生虫の硬いクチクラの表皮を優しく撫で、囁くように語り掛ける。
「もうすぐお前は終る。すべての悪。すべての悪の母。すべての死と悪。お前を僕が,終らせる。必ず。」
若い男は,気付けば眠っている。
タクシーの運転手の声で目が醒める。
「お客様、真に残念なことですが,お客様が選んだ道は確かにより悪い地獄へと続く道です。しかし、一つだけ,逃れる方法がありますよ。」
若い男はdead birdの姿を見ると彼女はちょうど9歳頃の姿となっている。
寄生虫は彼女の体内に隠れているようだ。
「それは…それはどんな方法だ。教えてくれ…。」
若い男は両手で顔を覆い,涙を流しながら言うと、タクシーの運転手は気味の悪い顔で振り向き、酷い腐敗臭の息を吐きながら言う。
「その愛らしい少女を,わたしに差し出しなさい。そうすればあなたは、必ずより悪い地獄を逃れ,より良い地獄へと向かい,確かに彼女の子宮に辿り着く。」
「死の鳥(dead bird)を、渡すわけには行かない。これは僕の母なんだ。誰によっても,凌辱させるわけには行かない。」
「お客様、良く御覧になりなさい。それはダミー(サンプル)であり、本物ではありません。それは死体であり、生きてはいない。あなたの母なる本質は,そこにはありません。」
若い男は,すやすやとあどけない表情で眠る愛おしいdead birdの胸に手を当てる。
鼓動を感じられない。これは確かに生きていないようだ。しかしあたたかい。人間の体温とは,なんとあたたかく、心地好いのか。これは生きてはいないのに,どうして…。
「お客様、そのあたたかさは、死んだ(殺した)鳥を揚げて,少し冷ましたものと同じあたたかさであり、それは生きているあたたかさとはまったく違うものですよ。あなたにはまだわからないのでしょう。あなたはまだ、生きたことがないから…。」
タクシーの運転手はそう言うと契約の証として、透明な水晶でできた心臓を若い男に差し出す。
「わたしが、あなたの代わりに、これを終らせてあげましょう。そして、あなたは、生きるのです。生命を手にするのです。それは永遠に,いつまでも、存在し続ける。これが、わたしとあなたとの約束です。さあ、あなたの生命をお受けなさい。」
若い男は,最早ほかに方法はなく、仕方なく,妥協してその透明な水晶の心臓を受け取る。
その瞬間,少女は男の手に渡り,目の前の広がる光景のなかで、男は若い男に見せる。
そこには、一つの透明な水槽が四つに分けられ,その一つにはたくさんの黒ずんだ小さな手首が転がっている。
まるで人形の一つのパーツのように。
もう一つの水槽には、黒ずんだ小さな足首が幾つも容れられ、他の二つの水槽に容れられるものは自ずと予想が着く。
それは頭部と胴体であるだろう。いずれも黒ずんだ…。
そして残りの両腕と両脚は、白々と,墓碑のように灰の上に突き刺さっている。
また灰の地上をのたうつように這っているだろう。
そう想像する今,現実に,若い男の目の前で少女は醜い男から逃げ回り,そして捕まえられる。
醜い男は、取り押さえた少女の足首目掛け,小さな斧を振り下ろす。
切断された少女の足首が転がり,少女は苦痛に叫ぶ。
そして、今から先に起こるさらなる地獄,より悪い地獄を想像して絶望の表情で中空を見つめる。
見開いた白い瞼からは、今にも眼球が零れ落ちそうになっている。
僕は、僕は何をしたのだ。
若い男は,みずからに問う。
男は若い男の耳元に囁く。
「あなたはもう戻れない。あなたは生命を手にした。永遠の生命を。これからずっと、ずっと、あなたはみずから、より良い地獄か、より悪い地獄を選び取り,どちらかを経験し続けるのです。それが、生命というものなのです。生命から受けた"わたし"の報復は,永遠に終らせることはできません。それは,"わたし"に対する報復です。」
若い男の目の前で虹色に光る白蛇のような寄生虫はやがて黒い鳥の姿に変化し,最後に黄金の牡牛の姿となる。
僕は,目を覚ます。
屠殺場の冷たいコンクリートの床の上で,皮を剥がされた血まみれの切断された牛の頭が,自分の熱い血溜まりのなかで、こう囁いている。


殺したい人の数だけ,死んでゆく。
この世界では,僕が殺したい人の数だけ,地獄の底で死んでゆく。













































生まれて初めて、自殺映像を、わたしは観た。

今日の午前3時過ぎ、わたしは人生で初めて、人の自殺映像を観た。
何度と、iPhoneで再生させ、speedを一番遅くさせても、何度も再生し、わたしが6歳の頃に、この地上に生まれ、わたしと同じこの世界を生きてきて、同じ時間に、色んなことを考え、悩み、喜んでは悲しみ、苦しみ続けてきた彼のとても優しい顔が、吹き飛んで、砕け、真っ赤な、血の肉の顔、死となるその現実の瞬間を、わたしは繰り返し観た。





米ミシシッピ州ニュー・アルバニーで先月(8月)31日、イラク戦争の退役軍人であるロニー・マクナットさん(33)が自宅でショットガン自殺した。
ロニーさんは自殺の様子をFacebookで生配信し、このときの映像は現在、海外の過激ニュースサイト「BestGore」で見ることができる。

 自宅の机の前に座ったロニーさんが、スマートフォンを机の上に置いた直後、自らの顔に銃口を向けた。
次の瞬間、銃声が鳴り響き、ロニーさんの頭は木っ端微塵に吹き飛んだ。
崩壊した顔面からは皮膚や肉が垂れ下がり、大量の血が滴っている。
音を聞きつけて、部屋の奥から小さな犬がやって来た。
この犬はきっと、ひじ掛けにもたれかかっている飼い主が既に息絶えていることを知らないのだろう。
自殺の瞬間はわずか数秒だが、一度見たら決して忘れられない衝撃的な映像である。

 ロニーさんは、イラク戦争から帰国した後、うつ病と心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんでいたという。
最近職を失った上にガールフレンドとも別れたことが自殺の原因だという報道もあるが、真偽は定かではない。

 友人のジョシュア・スティーンさんは、自殺直前のロニーさんは「信じられないほど酔っていました」と語り、そもそも配信を始めたときは自殺するつもりがなかったのではないかと考える。
スティーンさんは、配信が始まってから、ロニーさんにメッセージを送信したり、電話をかけたりした後、警察にも連絡したという。
しかし、自殺を阻止しようとする懸命の試みは奏功しなかった。







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実際に、人の自殺映像を観たのは、人生で初めての経験だったが、わたしのなかにとても強い既視感があった。
わたしは、わたしの過去生をもしかしたら観たのかも知れない。
奇しくも、「至近距離から、ショットガンなどの破壊力の強い銃で顔面を、とにかく何発も撃ちまくったら、きっとこうなるだろうと想像できる顔面の原形を全く留めてはいない、ほんの少し、頭部を仰け反らせるようにして椅子に座って死んでいる女性の死体の鮮やかなカラー写真」を97,8年に観たわたしの一番の死体写真としてのトラウマを創作のなかで表現し、それを切っ掛けにわたしがみずからのトラウマである死体写真や、スナッフフィルムなどを見つめて行こうとすることを決意したのが、彼の自殺した4日後の、9月4日だった。






Ronnie McNutt3






彼の、生前のあまりにも優しげな顔の写真を保存し、少し見つめたのち、椅子から立ち上がった。
昨日からいつもより精神が不安定で抑肝散ばかり飲んでいたが、またも飲んで、わたしは切実に救いを求めるなか毛布のなかに動悸の続く身体を横たえて潜り込み、眠りに就いた。
4,5時間、わたしは眠り続けた。
悪夢を見た記憶はなく、寧ろ、彼の魂やわたしの守護霊たちなどから心配されているかのような、深い愛の安らぎの感覚のなかにわたしは目覚めたのだった。

それで、わたしはずっと目が覚めてから彼が、ショットガン自殺をライヴ配信した理由について、考えていた。
ロニー・マクナット(Ronnie McNutt)氏が、敢えて破壊力の凄まじいショットガンによって、みずからの顔を粉砕させて自殺し、その映像をライヴ配信した理由について、人々は、何も深刻に考えようとせずに、とにかくトラウマとなるから人に見るなと注意を拡散したり、早く削除するようにと要請したり、観たくないものを観てしまったと後悔したりしている。
人々は、気付いている筈なのに、気付いていない振りをしている。
残酷なことから、目を背け続けていても、残酷なことはこの世界から一向に、なくなっては行かないのだということに。
ロニー・マクナット氏が、戦場で一体、何を見て、どんな経験をして帰ってきて、彼が独りでずっと苦しみ続けてきたのか、わたしたちはわからない。
でも彼のその経験と、彼の自殺の方法が、深く関係しているかもしれない。
そして彼の苦しみと、わたし自身の苦しみは、離れているものではないのかもしれない。
わたしは2012年から、ずっとずっとこの世の本物の、終わらない地獄に対して、人々に訴え続けてきた。
それは、人間が、利己的な理由によって動物たちを大量に殺戮せしめ、自分の利己的欲望(家畜は皆、美味しい肉にするだけの為に、生きたまま解体されてから惨殺される)を満足させる為だけに、動物たちを地獄に突き落とし続けても、それが人間は元来、野蛮な生き物なのだから仕方ないと、或る意味、"正しい"ことなのだと嘯き続けているこの現実に対して、わたしはずっとずっと、訴え続けてきた。
その行為は、必ずや"自分自身"に、すべての人類に、返って来るのだと。
彼は、戦場で人を殺してしまったのかも知れない。
自分の罪の重さに、もはや堪えられなかったのかもしれない。
彼は、自分が撃った兵器によって、顔が砕け散って、醜い肉塊と化して死んでいる人の死体を、見てしまったのかもしれない。
彼は、自分が安らかに死ぬべきではないのだと、願っていたかも知れない。
自分の顔を、無惨に撃ち砕いてグロテスクな死体と、その、無念さを、人々に見せしめることによって、彼は自分の絶望と、自分の堪え難い苦痛と、この世界にある、暴力と殺戮の残酷さを、そこにある虚しさを、支配している虚無を、訴えたかったのかも知れない。
こんなにも悲惨で、虚しい”悪”はあるかと。
職が、人を殺す以外の、僕の仕事が、僕の遣るべき仕事が、他にあったならば、僕は殺さなくてもよかったはずだと。
屠殺人も、同じことを想うかも知れない。
他の仕事を、本当は与えて貰いたかったのだと。
殺す以外の、自分の仕事を。
どうか彼の、割れて砕けて、見るに堪えない肉の塊となったその顔から垂れる真っ赤な肉から床に滴り落ちつづける音を静かに聴きながら、想像してみてほしい。
これが、"誇り"だと信じられた仕事をしてきた人間の、最期に相応しい姿なのか。
動物を殺す仕事も人間を殺す仕事も、"何か"から、それを"誇る"べきだと、信じ込まされ続けている。
これは、一番に、人間をマインドコントロールすることのできる簡単な常套手段であり、この世界のほとんどの人が、それを、賞賛しながら、同時に、差別し続けている。
"殺す"という仕事に就いてきた人間を。
人々は、潜在意識に罪悪を感じながらも、彼らに感謝する。
あなたが殺してくれたから、わたしの”悦び”があるのだと。
肉を食べながら、人は屠殺した人間に感謝し、いざ、屠殺した人間がその苦しみの末に自殺したとき、人はその現実から、目を背け、顔を歪めて想う。
嗚呼、なんて醜い肉(死体)だろう...。
これがわたしと同じように、つい最近まで生きていた人間の姿だなんて...。
観たくないものを観てしまった...。
彼は、自分の仕事に誇りを持ってるのだと言っていたはずだが...。
そうだ、彼は、こう話していた。
自分が、人々の遣りたくはない、できない仕事をしているから、人々は、美味しい肉を食べられて、幸せを感じられるのだと。
この仕事に、誇りを持って、ずっと遣ってきたと。
でも彼は、その後、屠殺業を辞め、鬱病と心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされていたなんて、知らなかった。
わたしは、それを、知らなかった。
彼は、もう二度と、動物を殺す職業には就きたくないと、
生きてゆきたいのだと、自分に目で必死に訴えて来て、請い願う生命を、もう自分の手で殺したくはないのだと話していたことも。
わたしは、知らなかった。
わたしは、想像もできなかった。
わたしは、彼の苦しみに、無関心だった。
わたしは、わたしは、知らなかった。
殺し続ける行為が、どれほど人を、破壊するかということを。
その殺された死体の肉の塊が、どれほど彼に対して、その地獄をずっとずっとずっと、訴え続けて来たかということを。























《2021年9月1日追記》


















人間は絶望のなかで死んでゆく

ぼくは目覚め、ヴィーガンになってから、大変に複雑で矛盾した想いに駆られ続けている。
ぼくはこの苦しみを誰かにわかってもらいたいと感じる。
だが、ほとんどの人は多分、これを理解はできないだろう。
ぼくがヴィーガンになったのは、ひとつの長いとても現実的な悪夢を見たことが切っ掛けであった。
その悪夢とは、ぼくの目の前で白い袋を頭から被せられた人々が並ばされ、次々に跪かされて斬首されて殺される夢であった。
この悪夢を、ブログに記した日から、さらなる現実の悪夢がぼくに続いた。
ぼくはネット上で、偶然にもサウジアラビアで公開斬首刑になる寸前の一人の少女の写真を見た。
悪夢とその写真、二つともぼくが彼らの後ろから眺めるアングルであった。
その写真と、ぼくの見た悪夢はぴったりと重なり、何日間も自分の首が切り落とされる感覚と痛みに苦しみ続けた。
ぼくは生まれて初めて、本当の真剣にこの世の救いを求めた。
何故、人類が、このように残酷な拷問の地獄のなかで殺され、死んでゆかねばならない世界なのか。
そしてぼくのこの問いに行き着いたものが、生々しい屠殺場の映像であった。
今から約8年半前、ぼくは初めて屠殺場の映像を見た。
それで、全身の震えが止まらないほどの恐怖と苦痛と、血の気が一気に引く感覚と、悲しみで止まらない涙のなかで、ぼくはやっと気づいたのだった。
嗚呼、ぼくは…ぼくの愛する両親を殺し続けて食べてきた。
ぼくはぼくの家族を、そしてぼく自身を、生きたまま解体して虐殺して、食べ続けてきた。
終るはずなんてないじゃないか…人類の地獄と拷問が…。
人類は、自分の来世(未来)を拷問にかけ、何度と繰り返し殺し続けているんだ。
それをやめるまで、人間は地獄のなかで死んでゆくだろう。
本当の地獄のなかで、人間は救いを求める手を差し出すが、目の前には自分がこれまで無関心に殺し続けて来た家畜たちの悲しい目が自分の目を見つめているだろう。
そしてその家畜の目は、自分の目であることに漸く気づく。
それをやめるまで、人間は絶望のなかで死んでゆくだろう。
その絶望の目は、屠殺されゆく動物たちの目である。
ぼくは人間も動物も救いたくてヴィーガンになったが、ヴィーガンになって、ぼくは人間を地獄に落とさなくてはならないことがわかった。
それは今ぼくがいる、寝ても覚めてもこの堪え難い地獄の世界(現実)である。
























What it is Without the Hand That Wields it

人々は、彼に向かって言うだろう。
何故、あなたの手はそんなに穢れているのですか。
穢らわしい。ぬるぬるしているし、悪臭が酷い。
それは死臭ではないですか。
よくそんな仕事ができますね。
わたしにはできない。
恐ろしくて、わたしにはとてもできない。
あなたの側にはいたくない。
あなたの身体には、死と肉と血の匂いが、染み付いている。
わたしに近寄らないでほしい。
臭いが移りそうだ。
あなたの手は、血濡れている。
その手から、彼らの悲鳴が聴こえてきそうだ。
おぞましい…
わたしにそれを想い起こさせないでほしい。
あなたの顔も観たくない。
あなたの顔を観ると、彼らの断末魔が聴こえるのです。
それは何より恐ろしい。
わたしは心から想う。
あなたにそれを、奮う手がなければ良かったのにと。
あなたの手は、やがてあなたを手に掛けるだろう。
それでもあなたは、
あなたは、
わたしたちの未来を、屠り続けるのか。





















































それが、光か。

昨日、姉から、兄の飼っているチャッピーという猫が死んだと連絡があった。
痛々しい赤い悪性の大きな腫瘍がチャッピーの顎の下にできており、彼がどれほどの癌の痛みに堪えて生きてきたのか、わたしたちにはわからない。
彼は、わたしとお父さんが寝ていたずっと開かずの間にしていた猫たちが荒らしまくっているおぞましく散乱して訳のわからない虫たちが湧き続けている人間の戦慄する状態にある部屋で死んでいて、古いエアコンの殆ど効かない窓を締め切った部屋で、これではどんどん腐敗してゆくと姉が言った。
兄の鬱症状は重く、チャッピーはそのままの状態でほったらかされていた。
わたしはそんな兄を責める姉を責めた。
これ以上責めたら、兄は本当に死んでしまうと言った。
でも姉には、それが理解できなかった。
ただドライアイスを買ってきて、チャッピーの遺体を腐らないように冷やすことがなんでできないのかと。
わたしはそれすらもできなくなってしまうことが鬱という病気なんだと言った。
今、一番に苦しみ続けているのは兄なんだ。それを理解することが今一番必要なんだ。
でも姉は、それを理解しようともしない。
この世界に存在している一番の問題は、それであるんだ。
人間が他者の堪え難い苦しみを理解しようとしないことが、すべての堪え難い苦しみの根源であるんだ。
人類が地獄で苦しみ続けるのは、当然じゃないか。
何故、自分の飼っている猫の苦しみをどうにかしようと必死になりながら、屠殺場で拷問を受けた後に殺され続ける家畜たちの苦しみには全く関心を向けないのだろうか?
そしてほとんどの人が、生命は死ねば無になって楽になるのだと信じて、虚無のなかに生きて死んでゆく。
その虚無のなかに一体、どこに救いが在るのか。
人類の地獄が、終るはずなんてない。他者の地獄から、目を背け続けているのだから。
人類の拷問の苦痛は終わらない。
”光”とは何か?
自分の食卓の上に、拷問を受けて、生きたまま解体されて殺された動物の刻一刻と腐敗しているその腐乱死体を食べ続けて生きることが、人間にとっての”光”なのか。
そして自分の愛することのできる存在だけを愛して死ぬことが人間にとっての光なのか。
永遠の虚無に向かって生きることが、それが、光か。









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