敬愛なる死の同志であられる釣崎清隆氏へ

わたしはずっと、樹海という場所を異様に恐れてきました。
『樹海 死体』等という検索ワードで、絶対にGoogle画像検索できなかったわたしが、釣崎清隆氏のお陰で、あなたとの縁で、やっと、日本の樹海で亡くなられた方たちの死体を、見つめることができるようになりました。

来月に入って、お金が入れば、すぐに村田らむ氏の、『樹海の写真集』も是非購入しようと考えています。
もう怖いものは、死体の内には、ありません。
わたしが無感覚になることの方が、よっぽど恐ろしいのです。

釣崎清隆氏が、本当に撮りたいのは日本の死体なのだと言った言葉に、わたしは深い喜びを感じると同時に、それがほとんど叶わないことを本当に残念に感じています。
わたしもなのだと、気づいたのです。
わたしも、最も見つめたい死体は、最も見つめる必要があると感じる死体は、わたしと同じこの虚しい、きっと世界一虚無に支配されているこの日本という国で生きてきた最も近い同胞である日本人の死体であるのです。

最近、村田らむ氏の『樹海考』を読みながら、涙が流れました。
樹海まで来て、人は、最後の晩餐を独りで食べるために、樹海へ入る前にあったセブンイレブンへ立ち寄り、そこで自分が自殺をする前に、最後の最期に食べたいものを選び、飲み物も買って、そして樹海の奥へ入って行き、小鳥たちが木洩れ日のなかに囀ずり、木の葉が風に揺れて擦れる音を聴きながら、静かに湿った朽ち木や枯れ葉の上に座って独りで、黙々と、もうあと何分後には、死体となり、死体現象をひたすら辿り、腐乱してゆく自分の身体のなかに、本来、生きるための食べ物と飲み物を摂り込んでは、身体は、その内部は、一生懸命に、生命維持の為に、けなげに消化してゆくのです。

食べて、飲んだあとは、おならやげっぷが出たり、排泄したくなる欲求を覚えたかも知れません。
生まれて間もない赤ちゃんや、幼児と変わらないのです。
人間は何年生きようが、あと数分後には、動かぬ人形のような死体と化す前までは。
でも、もう、御別れなのです。
自分を、必死に、生きてゆくこと、ただそれだけの為に生かしてきたこの、肉なる自分とは。

ふと、空を、見上げたかも知れません。
いいえ、ちょうど良い、吊り下がれそうな枝を見つけるために空を仰いだはずが、木々の間から、綺麗な、縹色をした空が、まるでマグリットの「大家族」の絵の、荒れる暗い海とゆくあてを喪ったような空にぽっかりと浮かぶ大きな鳥のフォルムのなかにある優しい色の青空が、その目に映ったかも知れません。
懐かしさを、感じて、切なくて胸が苦しくなったかも知れません。
でも、もう、後戻りはできない。
もう、決めたことなのだから...もう、生きてゆくことはできないから、生きてゆくことに堪えられないから、此処へ来たのだから。
帰り道は、闇に覆われていて、帰る術も、帰る場所も、なくしてしまった。
もう死ぬしか、もう死ぬことしか、できない...

わたしは、死体を見つめる人が、死体に寄り添うことができないならば、何の意味もないと感じました。
死体を見つめて、その人が生きているときを、自分のなかで鮮やかに再生できないならば、虚しいばかりなのです。
わたしは、わたし自身が虚しいと感じました。
あなたが撮り溜めた何枚もの死体の写真を見つめながら、何も、想像できなくなった自分が、死体より遥かに、虚しい存在であると感じました。

わたしは確かに、今からおよそ24年前、あなたの撮った痛々しい右手の写真が自分のなかに鮮明に存在し、その右手はずっとずっとわたしのなかで生き続けて来たはずでした。
わたしは、そのままにしておくべきだったのかと、複雑な苦しみに襲われ続けています。
あなたは、わたしがまだ15,6歳のときに確かにわたしに素晴らしい贈り物を命懸けで贈り届けて下さって、わたしはそのトラウマを克服する術を持ちませんでした。
24年あまりが経ち、そのパンドラの箱でもあり、玉手箱でもあるあなたからのgiftの箱を、再びわたしは開けてしまった。
其処に、女性の右手は、その死体の一部は、転がっていました。
でも違う...それはまるで別の右手であって、わたしの記憶のなかで地面に転がっていた、あの、わたしの深層の区域に常に其処に転がっていた右手ではないのです。
わたしは、狐につままれた想いで、わたしのなかの右手を、捜しあて、見付け出す為に、樹海へ行き、わたしはホッとしたいのか、此処にあったのかと。
でもそこにあるわたしの見つめる目の前に存在する死体は、紛れもなく、わたし自身の死体であるはずなのです。

わたしは、死に場所を求めるかのように、青木ヶ原樹海へ共に行ってくれる人を募りました。
誰かは、わたしの衝動的で不可解で危険極まりない行為を、冷笑するように、こう言うかも知れません。
死体が、貴女を呼んでいるのだと。




こず恵(Twitter:yuzae1981)